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「どう思う、穂花?」
佳奈斗の亡くなった彼氏が残した日記帳に開いて穂花に話し掛ける沙羅。
「私、高所恐怖症なんだよね」
地上が真下に見える強化ガラス乗る穂花。
東京タワーの展望室の窓からは、雲一つない青空と所々に満開に咲く桜の花が見えている。フロアにいる数組のカップルと親子連れ。
「そういうことじゃなくってさあ」
「ああ…桜のこと?」
「全然見えないでしょ?」
「かなりしゃがみ込めば、見えるかも…」
「いやいや、佳奈斗の日記だとさあ…東京タワー展望室の真下見えるガラスからは、満開の桜が見えるって書いてあるのよ」
「まあ、東京タワーの鉄鋼とコンクリートの地面とか駐車場とかしな見えないけど」
「そうなんだよ」
「佳奈斗が日記に嘘書いてたってこと?」
「うーん、他の記述も色々と変なんだよねえ…佳奈斗と一緒に登った高尾山、実際は天気良かったのに、スコールになったとか」
「佳奈斗は虚言癖とか…全然そういうタイプじゃないけど…かなりの変わり者だったよね」
「う〜ん、確かに」
「死んだ彼氏の日記見て聖地巡礼してるって、アンタもなかなかだけどね」
「あーあ、確かに」
笑い合う沙羅と穂花。
「でもなんで、嘘の日記なんて書いたのかな」
「しかも、死ぬ前に、ご両親に私に渡すように言ってるし」
「ダイイングメッセージだったりして…」
沙羅は半笑いになりながら、
「バリバリ、余命宣告されてる人間がダイインングメッセージってどういうこと?」
「ごめん、不謹慎だった?」
「そんなことない…この日記を私に託したってことは確かだし」
東京タワー大きく見えるところにある古い古民家風の餡蜜屋。和風の歴史を感じる二十席ほどの席がある店内。店の中程の二人掛けのテーブル席に座る沙羅と穂花。二人の前には、桜あん載った白玉クリーム餡蜜が載っている。餡蜜を食べる穂花。
「わー、マジ旨い…餡蜜にアイス載っけること考えた人、天才!」
餡蜜の器から球形の桜あんをスプーンでひっくり返したり、中を見たりする沙羅。
「やっぱり、桜の花びら入ってないわ」
話しながら、桜あんと寒天を口へ運ぶ沙羅。
「いや〜、この桜あん、やっぱ美味しい」
バックから佳奈斗の日記帳を出す沙羅。
「去年、佳奈斗とデートで来たの日記には、ここの桜あんに、桜の花びらの塩漬けが入っているって書いてあるんだよね?」
日記の付箋のついたページを開き、目線を日記に落としながら話す沙羅。
「桜あんに、桜の塩漬けなんてないよ」
店の入口近くのレジにいる五十歳代の女性店員に話し掛ける穂花。
「すみませーん、ちょっとお聞きしたいことあるんですけど」
声かける穂花のテーブルにやって来る店員。
「去年も食べたんですけど、もしかして去年の桜あんには桜の塩漬け付いてました?」
「いいえ…春先に桜あん出しているけど、桜の塩漬けを添えたりはしていないです…あっ」
店員は何かを思い出したように、店のレジの方へと早足で歩き、踵を返して、沙羅の方に戻って来る。
「もしかして貴方、この封筒の人ですか?」
店員の手には桜柄の封筒が握られている。
「二ヶ月程前に来たお客さんが黙って客席に置いて行ったものなんですけど…」
店員が差し出した封筒を受け取る沙羅。封筒には「桜あんに塩漬けの桜載ってるか聞いた女性に渡して下さい」と書かれている。
「この癖の強い字は、佳奈斗の字じゃん」
封筒の中の便箋には「35.657424, 139.748208」と書かれている。
東京タワーが近くにそびえる増上寺境内には、至る所桜が満開に咲いている。境内の端の方にある大きな満開の桜の樹の前に立ち、沙羅のスマホを覗き込む沙羅と穂花。沙羅のスマホの画面に表示されたグーグルマップには、打ち込み欄には「5.657424, 139.748208」と入力され増上寺の所にピンが立っている。
「あの数字は地図の座標ってことで、増上寺まで来たけど…」
「あれ、この根っこの所、掘り返した後ある」
手で地面を掘り返す沙羅。
「こ、これは…」
沙羅の掘った先には、小さな木製の箱が埋まっている。沙羅が恐る恐る箱を開くオルゴールで「さくらさくら」の音楽が流れ、中にはピンクサファイアの指輪が入っている。
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