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涙目で部屋を見渡す。
特殊な拷問器具は見当たらず、ただ相手を泣かせるのが好きなサディスト、それが遠山の性癖のようだった。
こんな目に遭いながらよく冷静に考えられるなと自分を笑いながら、今の支配者の顔を睨む。
「けっこう元気だな。だいたいのヤツはこの辺でおかしくなるか気絶するものだけど」
不思議そうな遠山をぼんやり眺めた。
これは自分じゃない。
ナナは離人症のような感覚になっていた。
遠山は手錠をはずしてベッドの下に放り投げて、どこからか細いナイフを取り出してナナの目の前にかざした。
とうとう殺される。さすがに表情がこわばった。
先端を喉仏から鎖骨、そして乳首まで滑らせる。いつ内蔵に深く刺されるのか恐怖に取り憑かれてナナは震えながら遠山の顔を見た。
さぞ楽しげにしていると思っていた遠山の顔は、無表情に近い、強いて言うなら悲しそうな顔をしてナナを見下ろしている。
それがまた綺麗で背筋がぞくっとした。
だが快楽殺人者の心理なんかわからない。
「ん…ふっ…」
絶妙に肌を滑っていくナイフの感覚に戸惑いながらわずかな快感を無意識に追う。
それがいつ内蔵に食い込むのか恐怖で体がこわばる。
ナナは手錠で拘束されていた手首の、右手を見た。
赤く腫れて血がにじむのを、最後の生きている証として少しだけ笑った。
その傷を、遠山はナイフの先ではじく。
「ぃ…っ」
痛みで顔を歪めると遠山はにやりとした。
ナナをからかっただけなのか、その次の反応を待っている。
「…殺す勇気なんてないんだろ」
体中の痛みをこらえて遠山の首に腕をまわしてゆっくり起き上がる。
そのまま体重をナイフにかけて体内に刃先を沈めようとした。
「これペーパーナイフ」
ナナの体を軽く突き飛ばして、遠山はゆらゆらとナイフをふる。
「死ぬには少し無理だ」
「はっ…、だから殺す勇気なんてないんだろアンタ」
早く楽になりたい、その一心でナナはわざと挑発し続けた。
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