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※  食後、周囲になにもないこの家はすぐに暗くなる。初日に男が言った通り、あれは雨雲を指した言葉ではなかったようだった。  弱い暖色の間接照明はリビングに四つ、玄関を挟んだ二か所と廊下、ソファの横にあるフロアライトのみだった。この夜はまだキッチン上の照明が点っていた。それも暖色のものが三つ、裸電球風のものが垂れ下がってる。どれもが弱く眠る頃には暖炉の上に蝋燭が点る。光に弱くなくとも、これだけで十分だった。  食後も仕事を続けた男の部屋で、その背後、青年は留まった。足が収まりきらないソファに横たわり、他愛もない会話を続けた。コーヒーは好きだが缶コーヒーは飲めないこと、酸味が強いものも苦手だとか豆を挽くのはやめただとか。暖炉は本当に使えるのかや身長が何センチなのか、どれも深く掘り下げる必要のないものを、幾つも続けた。  男の声は常に眠気のあるような声だった。その声でぼんやりと続けられる言葉は長い分だけ青年の眠気も誘った。心身の疲労が警戒心が解け始めたことで表に出てきている、この落ち着きがそれだけではないことは、青年自身にもわかっていたことだった。  二時間が過ぎた頃、二十二時も回って男が仕事を切り上げ風呂の準備へと向かった。  まだ少し取り組むものがあると言う男の勧めもあって青年が先に入浴を済ませた。薄い水色のタイルの浴室はその分冷ややかに感じる。湯せんから出した腕が寒いと感じる気がして、肩まで浸かると出るのが億劫になった。  思いのほか長い時間入浴していた。浴室を出ると洗面所には寝間着が用意されていたが下着を穿いた時点で一枚足りないことに気がついた。下のスウェットはあるが、上がない。周囲を探しても落ちている様子もなく、青年は頭からバスタオルをかぶって洗面所を出た。  先程までは開け放ったままだった正面の仕事部屋の扉が半分閉まって、中の明かりがまだ点っていた。男が中にいるものと思い中を覗いたが、いない。作業中であろうパソコンの画面だけが煌々としていた。  青年は踵を返そうとしたが、急にパソコンがなにかを知らせる音を鳴らし自然と振り向いた。画面に一瞬ポップアップが浮かんで、それに気を取られた時、その傍によけられたウインドウに目が行ってしまった。  青年自身も見慣れた、男性向けの動画の停止画面。男同士、同性愛の、ものだった。  なにかの感情を動かす前に、青年の後ろで足音がして、止まった。振り返るとそこには男がいて、運び忘れたのであろうスウェットの上を持って立っていた。 「あ、ごめんね」  ほんの先程までの眠気を帯びたような声のまま、男は言った。けれど少なからずの焦りがあったのか、手前にいる青年にスウェットを手渡すよりも先にパソコンの画面を閉じた。 「見た?」  振り返る前に問いかけ、男は返事を待つ前に青年にスウェットを手渡した。 「俺こっちなんだ。ごめんね、気分悪くしたら」  その声は青年に明日の献立を問うものとは変わらないが、その時のように表情は柔らかくはなかった。  互いに見られたくないものを見られた。その決心がつく前に。
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