猫と僕と

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 目が覚める。暗い部屋だ。カーテンで締め切られて、光が差さない暗い部屋。 「ここは--僕の部屋?」  暗闇の中で輪郭がぼんやりと浮かび上がるのは、久しく入っていなかった気がする、しかし見慣れた部屋だった。 「タマになってた? 夢? 夢か。でも--」  自分が猫になるなんていう馬鹿げた妄想を夢だと否定しながら、考えるように顎へ手を伸ばす。蓄えられた硬い髭の感触が帰ってきた。こんなに髭を伸ばしたことがあっただろうか。まるで夢の中で見た自分の姿そのものだ。 「何だこれ」  髭の中で硬いものに触れて、正体を探る。完全に乾いて固まった米粒の感触だった。  それに気づいた瞬間に頭が覚醒してきたのか、強烈な臭気に襲われる。吐き気を催す据えた臭い。えずきながら、閉じきったカーテンを開け、窓を全開にして換気する。眩しい陽光に目を細めると、窓から風が吹き込んで淀んだ部屋の空気をかき混ぜた。  外の乾いた空気が入った事で心なしか臭いがマシになった気がする。  とにかく全身に纏った不快感を何とかするのが最優先と決めて動き出す。  風呂に入って溜まり切った汚れを落とし、髪を乱雑に切って髭を剃った。必要なら髪は整えてもらいに行けばいい。まだどこか臭う気がするけれど、ひとまずは完了した。  部屋に戻ると先客が待っていた。父親は仕事、母親は外出中で、消去法で一匹に絞られる。  タマが部屋の比較的汚れてない場所を選んでぽつんを腰を落ち着けている。こっちを見て、ひと鳴きする姿が妙に人間くさく見えた。  ベッドに腰掛けてタマに話しかける。 「お前、僕が出来ることが出来るって言うなら、体のケアも少し気を使ってくれればよかったのに」  髭を剃った顎をなでつつ僕が不満を口にする。他人という気がもうしないから、つい口が滑った。  タマが膝上に飛び乗って前足で器用に腹を叩いて、こちらこそだと言うように不満をぶつけてくる。タマにも猫的な観点からの不満があるのかもしれない。  強くもないパンチを受けてベッドの上へ倒れると、タマが腹から胸へと乗って歩いてきて、僕を覗き込む。タマの大きな黒い瞳に僕の瞳が写り込む。相変わらず暗い淀んだ目をしているが、少しだけ以前よりマシな気がした。  タマが肉球で頬を張ってくる。爪を立てないのは優しさだろうか。前を向ききれない思考を察したかのようだった。  されるがままになっていても止めてくれない。  促されるように一つの決意を僕は零した。 「人間、始めるよ」  こうして人の身でいるころが、何よりも意思の証明かもしれないと思っていたが。  呟くと、タマの前足が止まった。頬でなく、額に肉球を撫でるように擦り付けてくる。母親がタマにやっていた仕草を思い出す。  僕の体から飛び降りて、タマは部屋の出口へ向かう。  足を止めて振り返り、なー、と一声鳴くとそのまま部屋を出ていった。
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