猫と僕と

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 吾輩は猫である。 「タマー」  とても大衆的で、固定観念に凝り固まった名前が既にある。有名な小説の冒頭を拝借してみたものの、名前の付いた只の飼い猫が吾輩--もとい僕である。  カレンダーで見る暦は九月十日。  この家に拾われたのはちょうど三年前。  重い雨が降る日、酷い怪我をしていた。人の手で叩かれ蹴られた場所がずっと傷んだし、逃げ出した先では世間知らず野生知らずで他所の縄張りを粗雑に荒らして、噛みつかれ、引っ掻かれズタボロになった。  倒れていたのは庭先。見覚えのある暗い瞳に見つけられた。  最初こそ手当など事ある度に医者へと連れていかれたけれど、それが落ち着いてみれば後には穏やかな良い日々が続いた。雨風を凌ぐ温かい家があり、乾きを癒やしてくれる水があり、飢えを満たすご飯が出て、陽の差すリビングの窓際という平穏がある。 「ご飯よー」  母親が僕を呼ぶ。低めの声音を少しだけ高く。やけに通りの良い声を拾うと思わず耳が音の方へ反応してしまう。  声のしたキッチンまで行けば、皿にカリカリを満たしてサーブしてくれる。  --なー。  感謝を口にすれば、骨ばった細い手で頭を撫でられた。普段はあまり笑わない母親が、懐かしむように笑むのが印象に残る。  母親は失敗に寛容だった。  トイレも最初は至るところでしたものだが、叱ることはなかった。見つかると抱え上げられてトイレまで連れて行かれる。母親はただ苦笑をして、ひと撫でするとすぐに姿を消した。致した場所に戻ってみれば、そこには痕跡は何も残っていない。  しばらくすると排泄欲を事前に察知するようになった母親が、先手を取ってトイレへつれていくようになった。自分から出たものの臭いがするのはあの場所だけ。そこでようやく、トイレを覚えた。  とはいえ堪え性の無い身の上で間に合わないこともあって、そういう時には以前と変わらない。苦笑とひと撫で。それだけがある。
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