姉「何でもしますから許してください千草ちゃん」妹「出オチ感半端ないですね、お姉ちゃん」

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姉「何でもしますから許してください千草ちゃん」妹「出オチ感半端ないですね、お姉ちゃん」

 それは、同人誌即売会での出来事でした。 「すみません、新刊一部いいですか?」 「あ、はーい! 500円になりま」  好きなアニメの二次創作漫画を売っていたわたしの前に現れたのは、そのアニメの主人公のコスプレをした綺麗な女の人でした。 「………………あ、れ? 千草(ちぐさ)ちゃん……?」 「……お姉ちゃん?」  ていうか、姉でした。    【姉と同人誌即売会の会場で会いました。】 「お願いだから両親には内緒にしてください何でもしますから売れ残った新刊全部お金出しますからなんなら次のコミマの印刷代出しますから」 「いやあの、とりあえず土下座はやめてくれませんか?」  そんな驚きの同人誌即売会から帰宅した私を待っていたのは、姉による土下座でした。額をぴっちり床につけた土下座なんて生で見るものじゃないです。はい。 「……別にお母さんに言いふらしたりはしないです。ただ、一つ確認していいですか?」 「う、うん」 「?」 「…………」  コクコクコク……! とぼのぼのみたいな汗を出しながら頷く姉。  色々複雑な思いが胸のあたりに溜まり、わたしはそれをため息と一緒に吐き出しました。  とりあえず、何故わたしがこんなに驚いているか、その理由から説明しましょう。  わたしの姉こと木戸口(きどぐち)奈緒(なお)は、なのです。  今わたしが連れ込まれている姉の部屋には、アニメグッズどころか漫画の一冊も置いていません。本棚に並ぶのは所謂(いわゆる)純文学や新書や辞典ですし、CDラックに並んでいるのはクラシックですし、書道六段の腕前が発揮された掛け軸が壁に掛かっています。  浮世離れしたお嬢様、といっても過言ではないでしょう。  それもあながち間違いではなく――我が木戸口家はそういう富裕層なのです。  親戚全員がエリート大学の出身であり、父は上流企業の役員、母は弁護士、祖父は父方が元議員、母方が元校長先生という漫画の設定みたいな家系です。癒しは専業主婦のお祖母(ばあ)ちゃん達くらいです。ええ。  故にわたし達姉妹は俗世間から切り離された世界で生きてきました。  お嬢様学校をエスカレーター式に進学し、姉は大学二年生、わたしは高校二年生。  ……まぁわたしは早々に道を踏み外して『現役女子高生同人作家(オタク・オブ・オタク)』へジョブチェンジ。今や英才教育の名残は丁寧語のみとなったワケですが、わたしの知る姉は『先日初めてご学友と”まくどなるど”に行きました~』と言うくらい俗世間から遠い存在だったはずなのです! 「そんなお姉ちゃんが! 同人誌即売会でコスプレをして! 脚も肩もへそも出したコスをして! 妹が出している新刊を買いに来るって!! 中途半端に500リツイートされるツイッター漫画の設定ですかこれはむぐぅ!!」 「ち、千草ちゃん大声出さないで! お母様に聞かれたら……!」  姉に口を(ふさ)がれました。かなり広い家なので、どれだけ大声を出そうとお母さんに聞かれる可能性は低いんですけどね。  ドカッと姉のベッドに座ったわたしは、改めて部屋をグルリと見回します。 「コスプレの衣装どころか同人誌さえ見当たらないですけど、どこに隠しているんですか?」 「…………ベッドの下」 「ってここですか」  顔を真っ赤にしてわたしの方を指さす姉。  足元の引き出しを引っ張ってみると……うわぁ、いろんな衣装がケースに分けて収納されていました。同人誌自体はあまり多く買っていないようですが、過去にわたしが出した同人誌を見つけてやるせない気持ちになりました。部屋に在庫ありますね……。 「もう聞きたいことが山盛りすぎて妹は混乱しているのですが、お姉ちゃんは一体いつからオタクになったんですか……?」 「いつから? って聞かれると……一年前かな」 「キッカケは?」 「ち、千草ちゃんの部屋にある漫画を読んでしまい、それから……」 「ってキッカケわたしですか!?」  というか漫画を読んだってどういうことですか。  わたしは同人活動を隠していませんが、自室から漫画を持ち出すことは滅多にありません。何故(なにゆえ)ってまあ、両親がそういう俗物を目にするのも嫌がるからです。 「い、いつ、どこで、どうやって読んだんですか!?」 「勝手に(のぞ)き見たんじゃないんだよ? ただ、千草ちゃんとお話したくて夜にお部屋に行った時にね? 千草ちゃんが机で寝落ちしてて、机の上に漫画が置いてあってね?」  つんつんと人差し指をつきあわせながら述べる姉。 「千草ちゃんが夢中になってる事だし、知りたいなと思ってちょっと手を出してみたら……気づいたらどっぷりと……沼に……」 「なるほど……しかしお姉ちゃんの口から『沼』なんて聞く日が来るとは」 「え? 沼くらい言うよぉ」 「オタク的用法で、という意味です」 「ああ、なるほど」  あはは……と苦笑いする姉。  この人をオタクに染め上げたのはわたしでしたか。  家族は伝染率高いと聞きますが、少し申し訳ないような……でも――。 「……こほん。とはいえこの部屋には一冊も漫画を置いてないですよね? わたしに借りに来たこともないですし……え、まさか漫喫ですか?」 「違う違う。今って電子で何でも買えちゃうから。これならお母様にも千草ちゃんにも隠せるし」  と言いながら姉はタブレット端末を掲げました。なるほど確かに、タブレットの管理さえしっかりしていれば気付かれる可能性は低いでしょう。今では同人誌も電子販売できるようになりましたしね。 「ではコスプレ衣装は?」 「ぎくっ」 「今日の即売会で着ていたあのキャラ、まだ既製品は出回っていないはずですよね? あれはどのように準備したのですか?」 「……手作り、だよ。元々花嫁修業と称して裁縫スキルはコンプリートしてるし」 「お姉ちゃん少しずつ言葉に遠慮がなくなってきましたね。材料は?」 「ネットショッピングで取り寄せて時間指定でコソコソと……」 「」 「…………やっぱりそれ聞く?」 「一番気になります」  姉は今度こそ顔を真っ赤にして、クッションをむぎゅうと抱きしめました。  妹として解説するのはなんですが、姉は非常にコスプレイヤー向きの容姿をしています。スタイルが良く顔も美しい文句なしの美人です。わたしのように入稿締め切りに追われて徹夜~なんて生活もしていないので、お肌も髪も綺麗ですし。  今日、即売会の会場で姉を見かけたとき、綺麗な女の人が来たと思って同性ながらドキッとさせられたのは否定できません。 「……わたし、漫画みたいな絵は描けなくて」 「そうですね。お姉ちゃんの絵は美術展に飾られる系です」 「……文才も、あんまりなくて」 「小説よりは評論文の方が得意ですもんね」 「……でも、その、二次創作っていうか、千草ちゃんの同人誌みたいに、オタク活動っぽいことやってみたいなぁという気持ちは抑えられなくて」 「それでコスプレを」 「うん」 「そうはならんでしょう」 「なってるもん!」  なっとる! やろがい! という返しを期待しましたが違いました。まぁオタク深度がそこまで深くないことに安心すべきなのでしょう。 「……オタク活動したいという気持ちをわたしは否定できませんが、でもお姉ちゃんがコスプレというイメージがまったく抱けなくてですね……お姉ちゃん、制服のスカートは何センチでしたっけ?」 「十センチ」 「未婚の女性は?」 「むやみに肌をさらしてはならない」 「婚前は」 「清きお付き合いを」 「ちなみにイコール?」 「年齢、であってる?」  リズミカルに答えてくれる姉。  もろもろの情報を並べ、ようやく腑に落ちました。 「ふむ……なるほど、だからこそコスプレだったんですね。と」 「~~~~っ!!!」 「そういえば即売会で着ていたのも太もも丸見え、肩出しへそ出しでしたね」 「ちょ、え、千草ちゃ」 「いやぁ、お姉ちゃんに露出趣味があったとは。これはこれは」 「イヤ――――ッ! ちょっとそんな気はしてたけど自覚しないよう明言だけは避けてたのに――――ッ!! 千草ちゃん幻滅しないで――――ッ!!!」 「大丈夫ですお姉ちゃん、即売会に現れた時点で株は急落済です」 「なぐさめになってないよぅ」  しおしお……、と姉は声に出しながら萎れていきました。  妹としては『姉が実は露出趣味』はなかなか来るものがありますが……、 「でもそれを言ったら千草ちゃんだって! あんな同人誌描いちゃってぇ!」 「え?」 「今日知っちゃったもんね、!」 「あ、そうか身バレしたのはわたしも同じ……!? お姉ちゃん、明言していいことと悪いことがありますよ!?」 「いや言うもんね! お姉ちゃんも言うもんね! 千草ちゃんが今までに出した同人誌は全部違うアニメの二次創作なのに男×男か女×女のオメガバースじゃない!」 「お姉ちゃん~~っ!! っていうか! そんな同人誌を買いに来たのはどこの誰ですか!?」 「うぐっ」 「既刊全部把握してるってことはお姉ちゃんもオメガバースが好きだってことの証明になるので――」 「何を騒いでいるの、奈緒さん、千草さん」  ガチャッ、とドアノブを捻る音がした刹那。  わたしとお姉ちゃんは目を合わせた一瞬で意思疎通し、口をつぐむと同時に座布団を敷き、正座で談笑している姿を装いました。 「な、なんでもないですお母さん」 「千草ちゃんの大学の学部を相談してただけだよ、お母様。白熱しちゃった」  扉を開けて中を訝しげに覗き込んできた母に、姉がしれっと嘘をつきます。母は少し眉を顰めましたが、 「進路に悩むことは良い事です。ただ淑女たるもの、声を荒げてはいけません。?」 「……わかっています」 「では。じきにお夕飯ですからね」  母はわたしをジロリと一瞥(いちべつ)したのち、部屋を出ていきました。  ため息をつくわたしと姉。けれどおそらく、違う種類のため息だったでしょう。  母がいなくなり安心した姉と―― 「……あの、千草ちゃん」 「大丈夫ですよ。お母さんのお小言なんてとうに聞き飽きています」  母のお小言に(あき)れたわたし。  再三になりますが、我が木戸口家は俗世間から少し離れた富裕層を気取っています。ゆえに両親は俗物を嫌い――漫画(ぞくぶつ)を好むわたしを嫌っています。  今日散々会話しているので説得力に欠けますが……『姉に話しかけるな』という命令も冗談ではありません。わたしはし、姉もわたしへ話し掛ける際は機を伺うようになりました。  だからこそわたしは姉がコスプレイヤーだと知りませんでしたし。  姉もまた、わたしの同人作家としてのペンネームを知らなかったのです。 「――それに、変な影響はすでに与えてしまったようですしね」  軽口をたたくと、姉は屈託のない笑みを浮かべました。 「それもそうだね」 「そこで一つ提案といっては何なのですが」  自分の部屋に積み上げている段ボールを思い浮かべながら、人差し指を立てます。 「来月にわたしが出るオンリーイベントがあるのですが――オンリーイベントってわかりますか?」 「うん。一つの作品に特化した即売会だよね?」 「お姉ちゃん染まってますね……こほん。わたしが出るオンリーイベントの売り子さんを今探していたんですよ。オタク友達は少し都合がよくないらしく、かといって一人でブースにいるのはなかなか大変です。気軽に休憩に行けませんからね」 「じゃあ、ブースを手伝えばいいの?」 「そういうことです。どうでしょうか……?」 「出店側かぁ。ちょっとやってみたいかも」  姉はニコッと笑顔で頷きました。 「コスプレしてもいいの?」 「大丈夫です。とはいえ過度な露出は妹的に避けてほしいですが……というかコスプレ本当にハマってますね」 「えへへ……あ、そうだ! 千草ちゃんもコスプレしようよ!」 「はぁ!? 嫌ですよ、わたしはスタイル良くないしそういうの興味ないですし! 描く方で十分です!」 「えー、せっかくだしよくない? ほらあのスマホゲームの姉妹百合のカップリング、二人でやろうよ~」 「しかも姉妹百合をチョイスするの、なかなかえげつないですね!? 強要するならオタク趣味を母にばらしますよ?」 「はうっ、弱みを握られているの忘れていた……! でもお姉ちゃんは千草ちゃんの可愛い姿見せてほしいな?」 「お姉ちゃん言い回し」 「……どうしても、ダメ?」  姉は捨てられた子犬のような上目遣いでわたしを覗き込んできました。……くっ、こう遠慮ない距離感というか、本来姉妹とはかくあるべし、と思わざるを得ないやり取りがわたしの心を揺さぶります。  姉妹が疎遠になった原因はわたしのオタク趣味にありますからね。  姉に非がなかった以上、もしかしたら、姉に寂しい想いをさせていたのかもしれません。  その末路が姉のコスプレイヤー化という着地点なのは認めたくないですが……わたしはため息をつくと、 「わかりましたよ! 今回は手伝い料としてコスプレしますが、露出が多いのは絶対に嫌ですからね!」 「わーい、千草ちゃんありがとー!」  まあ、でも、なんですね。  姉がわたしの趣味に歩み寄ってくれた事実は、素直に嬉しい。  早速タブレットを使って衣装案を考える姉を見ていると、そう思わずにはいられませんでした。
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