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プロローグ~夢の痕
12月、冷たい空気の日だった。
鉛色の曇り空の下、灰がかった海の側の堤防に並んで座る。
目前の波は穏やかだったが、むしろ不気味なほど静かだった。
「雪国・・・もう終わりにしよう」
頭を何かでぶん殴られたような衝撃に、くらくらする。今日ここに呼び出されて、何を言われるかなんてわかっていたはずなのに、いざ言葉に出されると、想像していたよりもずっと、ずっと、重たいものだった。
「本当に、雪国のことは好きなんだ・・・誰よりも大切に思ってる。
嘘じゃないよ・・・でも、だからこそ・・・・・・これ以上一緒にいられない」
隣の黒髪の少年は、一つ一つ、慎重に言葉を選ぶ。そして、こちらへと向き直る。
「本当に、本当に、ごめん。・・・俺と、別れてください」
こいつは一体何を言っているんだろう。頭ではわかっているのに、感情が追いつかない。
自分の中で何度も何度もその言葉を反芻するうちに、ああ、そうか、これで終わりなんだと、すとん、と入ってきた。
こちらをぐっと見据える目。とても直視することなど、できなかった。
目を合わせたら、溢れてしまう、溢れかえってしまう。それが、終わりの合図だとわかっていたから。
胸が痛い。見えない板か何かで強く圧迫されているように痛い。
座っている足下から血の気が引いていって、真っ暗な地の底へ真っ逆さまに落ちていくような、得体の知れない感覚。
そして、声が震えるのを悟られないよう大きく息を吸い、精一杯の言葉を振り絞る。
またあの日の夢を見た。最低最悪、胸糞が悪い夢。
もう忘れてしまいたいのに。なかったことにしたいのに。
一年以上前のことなのに、未だに鮮明に思い出される。
あの時の凍てつくような空気、うまく呼吸できない感覚、ズキズキとやまない胸の痛み。全てがリアルに蘇る。
この夢を見た時は決まって、学校は午後から行くか、最悪欠席する。
今日はもう登校したくない気分だった。昨日は始業式だったが、今日はどうせ早帰りで大したこともやらないだろう、ということでサボりを決め込んだ。
かといって家に一日こもりっぱなしなのは、心身共に腐ってしまいそうだった。
グレーのパーカーと、ジーパンに着替える。階段を降り、玄関でのそのそと靴紐を結んでいると、リビングから同居人が顔を出す。
「おーい雪国、今日はサボりかー?」
「・・・ん」
「じゃ、学校には連絡しとくから。朝飯くらい食ってけよ」
「・・・朝飯?」
「今日は卵かけ納豆ご飯」
雪国と呼ばれた少年はすっと立ち上がると、振り向きもせず家を出ていく。
「いらない」
同居人はやれやれ、とその背中を見送った。
確かにあの1年は、恋愛感情として好かれていたのだと思う。
小学校から無二の親友として過ごしてきた6年間。そしてーーー恋人として過ごした1年。
羽村虎太郎と共にした時間に、嘘偽りはなかった。
しかし、一つ隔たりがあった。それは、彼には野球があり、温かい家族があり、大いに期待された将来があった。
対する自分には、自分には何一つ無い。
あまりにも違いすぎた。
友人止まりならそれでよかったのかもしれないが、それ以上の深い関係となった時、この隔たりはやがて埋めがたい溝となっていった。ましてや、男同士なのだ。
やはり、最初から告白など受け入れるべきではなかった。
いずれどこかでこうなるとわかっていたはずなのに。
もう幾度となくぐるぐると堂々巡りした思考回路に、気がつくと陥っている。
「(・・・我ながら女々しくて嫌になる)」
だが、一度食らったいわばこの「毒」は、体内を駆け巡り、時間をかけてゆっくりと深く、自分の奥底まで侵食していくものなのだ。
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