春 

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「なあ、なんでその曲、好きなんだっけ」 雪国はふと、と尋ねてみた。 すると、海月は立ち止まり、きょとんとした顔で立ち尽くす。 困っているのか、言葉に迷っているようだった。 「あれ・・・どうしてだろう」 まだ肌寒い四月の海風が、さあっと二人の間を吹き抜ける。 雲一つない満月。 月明かりに照らされた海月の顔は、透き通ってしまいそうなくらい青白かった。 「・・・お前さ・・・・・・いや、なんでもない」 海月は目を大きく見開き、雪国をじっと見ていたが、やがて困ったような顔で、ふふ、と笑い出す。 「雪国。また会えたんだね。うれしいよ」 海月は雪国の手を引いて砂浜へと降り、ぺたんと座り込む。 「久しぶりに、雪国の話、聞きたいな」 満面の笑みを浮かべる海月のこんな表情は、今までに見たことがあっただろうか。 雪国はふわふわとするような、不思議な感覚を覚えた。 「この一ヶ月、どうしてたの?」 「・・・別に」 「ちゃんと学校には行ってたか~?」 「・・・」 「あー!サボタージュだな?」 「お前探してて学校なんて行ってるヒマなんてなかったんだよ」 「あ、そっか・・・ごめん」 「そういうお前は何してたんだよ?何で急にいなくなったりしたんだよ?」 「ん〜、それは内緒」 「はあ?!だいたいな、お前の親父だってめちゃくちゃ心配してたんだからな!どんだけ迷惑かけたと思って・・・」 「うん、そだよね・・・」 「・・・まあ、とにかく、戻ってきてよかった。 てか、飛び降りてあの後どうやって下まで降りたんだよ?」 「ん、ああ!木登りとかの要領でぴょんぴょーんって華麗に降りたわけよ」 海月は運動神経などからっきしだったはずである。ましてや木に登っている姿など、幼い頃の記憶を辿っても覚えはない。 「・・・なんかお前、変わったな。頭でも打って人間入れ替わったんか」 「えへへ、そうかなあ。 ねえそれよりさ、雪国は今日あそこでなにしてたの?」 現実に引き戻された雪国は、思い出したくないことを思い出し胸がちりちりした。 「・・・海月、乙嫁探しって知ってるか」 「うん、知ってる」 「俺、それに選ばれたんだってよ」 二人の間にしばし沈黙が流れる。 「・・・来年の3月の最後の日に死ぬんだってさ。俺」 雪国ははあ、と深くため息をつきうつむく。 「一年後に急に死ねとか言われてさ、マジで俺の人生ロクでもねーな。 一番会いたくねえ奴には再会するし、急に死の宣告されるし、散々な一日だったな。人生でまた最悪の日が増えた」 海月はずいっと、雪国の顔をのぞきこむ。 「ねえ、雪国は死ぬのは嫌だ?怖い?」 「・・・別に、死ぬこと自体、怖くは、ない・・・ こんなしょーもない人生だし、生きてたって、特別やりたいことも、ない・・・。 死ぬのは・・・別に構わない。人間なんて遅かれ早かれ死ぬんだし。 けど、他人に死ねって強制されて従わされんのは癪だ。 ま、それにまだ信じたってわけじゃねーから。どーにもうさんくせえからな」 「ふふ、雪国らしいね」 「は、なんだそれ」 コロコロとした笑う海月につられて、雪国もふっと口元を緩める。 「ね、そいえば虎太郎、元気そうだった?」 先ほどの虎太郎の傷ついた表情がふ、とよぎる。 「・・・さあ。知らね」 「えー、冷たいな」 「当たり前だろ、もうあいつには二度と関わりたくないんだよ、こっちは・・・」 「虎太郎になんか言われた?」 「・・・別に。何も」 「嘘だあ。だって、そうじゃなかったらそんな辛そうな顔してないよ」 海月に嘘や誤魔化しはできない。それは変わらないらしい。 しかし雪国の気持ちもまた、誤魔化しようがなかった。 「・・・今更なんだよ。そんなこと今更言ったって、どうにもならねーんだよ。 全然・・・もう、遅いんだよ・・・」 今日の夜海は、不気味なほど穏やかだった。
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