春 

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4月の終わり。 退屈な午後の授業を聞き流しながら、雪国は窓の外を見ていた。 乙嫁探しの一件から数週間。同居人の昭宏に促され、雪国はぼちぼち学校に通う日々を送っていた。 海月を見つけて一安心したのもつかの間、雪国の憂鬱の種はさらに大きくなり、重苦しい実をいくつもつけていた。 桜はすっかり散り、新緑が顔を出し始めている。 受験ムードということもあり、二年生の時よりも教室のムードはぴりっとしている。この空気感に、息が詰まりそうだ。 自分が少し学校に行かない間に、ますます周りから取り残された。かといって、今から受験勉強など到底考えられる状態ではなかった。 先ほどの昼休み、新しい担任の松谷に呼び出され、大学進学は希望しないのかと聞かれた。 「早瀬、お前の成績なら十分難関大学を狙えるよ。 だからもう少しだけ、がんばって出席しよう。どうしても辛い日は休んでもいいから。 なにかやりたいこととか、興味のある大学とか学科はないのか?」 これまでの担任からも幾度となく投げられた言葉に、雪国は心底うんざりし、返答する気も起きなかった。 坂ノ上高校は昨年実績の進学率98%という数字にこだわっている。 有名私立でもなんでもいいから、とにかく全員進学させたいのだ。 「そうか・・・先生も色々探してみるから、また声掛けるな」 「(やりたいことなんて何もねえよ・・・他人と同じようにつまんねえ勉強して進学なんて気、全く起きない。かといって、就職も考えたくない・・・ 生きてても何も意味が見いだせないこんな俺だから・・・一年後に死ぬのも、案外理にかなってるのかもな・・・)」 休み時間に机に突っ伏して目を閉じていると、「おーい」と頭上から声をかれられる。 ちらっと顔を上げると、周二だった。 「なあなあ、松谷にさっき呼び出されてたろ?なんて言われた?ちゃんと出席しろって?」 「・・・なんだっていいだろ」 「松谷は今年初めて受験生クラス持つからって張り切ってんだよなー。若くていかにも真面目って感じだよな」 そして周二は近くに人がいないことを確認し、こそっと雪国に耳打ちする。 「早瀬さあ、先々週の乙嫁探しの集まりすっぽかしただろ! 月二回必ず来いって言われてるだろーが!次は明後日の金曜日だからな、絶対来いよな」 雪国、九十九、周二の乙嫁候補者三人は来年の二月まで月二回、指定された日時に必ず来るようにと神主から伝えられている。 もちろんその場には、甲婿の虎太郎もいるわけだ。 「嫌だ。俺には関係ない」 「そ、そりゃあ、なかなか受け入れられんだろうけどさ・・・相談してなんとか回避する方法とかあるかもしれんし?とりあえず行こうや」 「お前がその方法見つけてきたんなら行ってやってもいい」 「はあー?!」 「無理なら無責任なこと言うな。それか他の奴が乙嫁やればいいだろ。 とにかく俺は行かない」 そう言って、また机に突っ伏した。 「・・・なあ、早瀬と羽村って、その、幼馴染みで仲いいんだろ?羽村からちょっと聞いたんだけどさ・・・ あいつ、お前のことすげー心配してたぞ。今は連絡とってないのか?」 雪国は無言のままだった。 「羽村はこの儀式自体辞めさせるって言って、神主にずっと掛け合ってたぞ。進展は・・・まだわからんけど。 俺にもお前のこと色々聞いてきたし、とりあえず羽村とは一度ちゃんと会って話した方が・・・」 雪国はばんっと机を叩いて立ち上がる。 「うるせぇ!あいつから何聞いたか知らねえが余計なお世話だ、詮索もするな」 周りの生徒が凍り付く中、雪国は教室からずかずかと出て行く。その背中に周二は、 「明後日の金曜日だからな!頼む!」 と声をかけたが、返答はなかった。
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