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12月、冷たい空気の日だった。
鉛色の曇り空の下、灰がかった海の側の堤防に並んで座る。
目前の水面は先ほどまで穏やかだったが、急に冷たい風がビュウッ、と吹き込んできて、音もなく粟立つ。
「・・・だから、言っただろ。男同士なんて、うまくいきっこないって。ほんとバカだったよな。俺もお前も」
隣の金髪の少年は俯いたままで、表情はわからない。
だが、全身から強い怒りが滲み出ているのが、痛いほど伝わる。
「・・・本当に、すまないと思ってる・・・。
でも、雪国のことが嫌いになったとか、そういうんじゃない。雪国は何も悪くないから・・・」
「じゃあなんだよ?何が気にくわなかった?!言ってみろよ!!」
キッと気丈ににらみつけてきた大きな青い瞳は、激しく揺れている。今にも泣きだしそうなのに、必死に怒っている。
こうなることはわかっていたのに。いざ目の前にすると、言葉が出てこない。
「・・・それは・・・」
「怖くなったんだろ?なあ?お前と俺は違いすぎるからな。生まれも育ちも・・・何もかも。
そもそも俺たちは不釣り合いだったんだよ、ずっと・・・前から」
「違う!!そうじゃない・・・」
「お前が言い出したことなのにお前から終わりにするなんて、とんだ茶番に付き合わされたわ。笑えるじゃねえか。
・・・やっぱり友達でいればよかったんだ。友達でいれば・・・こんな思いせずに済んだのに」
声を震わせる目の前の少年に、たくさん言いたいこと、伝えたいことがあるのに。何も言えない、何も、できない。
そんな自分が心底情けなくて、許せなくて、腹立たしくて。
「・・・もう、会えない、けど・・・雪国のことは、本当に・・・」
ぐいっと乱暴に胸倉を掴まれ、思いきり顔面をぶん殴られた。
「・・・二度と俺の前に現れるな、裏切り者」
またあの日の夢を見た。最低な夢だ。でも、最低なのは自分。
絶対忘れられない。なかったことにはできない。
もう一年経ったことなのに、今でも鮮明に思い出される。
あの時の凍てつく空気、じんじんと痛む頬。そして、雪国の、深く傷ついた表情。
この夢を見た時は決まって、練習に身が入らない。なので、朝から素振りをしまくったり、家の周りを走ってなんとか気分転換させようとする。
あまりうまくいった試しはなかったが。
自主練用の紺ジャージに着替え、階段を降り、玄関でのそのそとシューズ紐を結んでいると、ぱたぱたとこちらへ近づく足音がする。
「おはよう虎太郎さん。朝食は」
「おはよう母さん。ご飯は後ででいいや。ちょっと外で練習するから」
外へと出ると、まだ冷たい2月のつんとした空気に、鼻の奥が少し痛くなる。
確かにあの1年は、恋愛感情としてお互い好き合っていた。
小学校からずっと親友として過ごしてきた6年間。そしてーーー恋人として過ごした1年。
もう中学に上がる前から、いや、出会った時から、早瀬雪国に対しては恋愛感情を抱いていた。
最初に見たときは、あまりに可愛くて、小さくて、細くて、儚くて、人形かと思うほどの造形の美しさに、子供ながらに心を奪われた。
しかし、雪国に心底惚れたのは何も見た目ではない。
雪国はその外見に反して、感情の起伏が激しく、周囲と衝突することが多かった。
しかしそれはぶつけられる理不尽さや偏見に対して怒っていたのであって、決して彼から無闇に相手を傷つけるということはなかった。
類い希な容姿のおかげで、雪国は良い意味でも悪い意味でも、いつも目立っていた。本人は全く望んでいなかったが。
そのためやっかみを受けたり、いじめの標的になることなど日常茶飯事だった。
それらに屈することなく、悪意に対しては真正面から立ち向かう。決して弱みなど見せない。
「弱いと思われたら馬鹿にされる。それが一番嫌いだ」
雪国はよくそう言っていた。大人に対しても臆することはなかった。
そんなとっつきにくさとは裏腹に、一度心を開けば、優しくて、無邪気で、とても純粋で、繊細な少年だった。
触れてしまえば簡単に壊れてしまう。そんな心の危うさを持ち合わせている。
雪国の側にもっといたい、支えたい、知りたい。自然とそう思うようになるまで時間はかからなかった。
その恋心が成就したのが高校1年の11月。
親友として過ごした時間はもちろん楽しかったが、恋人として過ごした期間はそれまで感じたことがないくらい、満たされた。
そこに嘘偽りの感情は一切なかった。
でも、自分から離れた。雪国を突き放した。
結局、こうして離れても、彼のことを忘れることなどできなかったが。
今どうしているのか、どんな気持ちでいるのか、むしろ思いは募る一方だった。
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