プロローグ~夢の痕

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雪国は上沢海月(かみさわみつき)に呼び出された場所、アストラルパーク跡地にいた。 アストラルパークは、十数年前に計画が頓挫した、遊園地計画の跡地である。 途中まで建造が進んでいたが、突然計画がストップし、事実上の中止となった。今でも一部の重機や建造物が取り残されている、八十美のいわゆる「廃墟スポット」である。 立ち入り禁止だが、管理者の目もないので実際誰でも入ることができる。 壊れたフェンスの隙間をくぐり、虎太郎・海月・雪国の三人で小さい頃はよく遊び場にしていた。 今でもたまにふらっと一人で来たり、海月と会う場所にしている。 螺旋階段をこつこつ、とゆっくり上っていく。 この建物は元々丸筒状のピンク色をしたモニュメントで、屋上からはパーク内を一望できるスポットとして利用される予定のようだった。 今では外装も内装もすっかり錆び付き、かつての面影もない。 虎太郎と付き合っていた時も、ここの屋上で夜になるまで他愛のない話をしていた。その日学校であった出来事、虎太郎の部活での話、雪国のバイト先の話、新発売のコンビニの菓子の話、海月の話。 また過ぎたことを思い出してしまう自分に苛立つ雪国は、小さく舌打ちをした。 屋上にたどり着くと、制服姿の海月が手すりに手をかけて、空を見上げていた。 「どうしたんだよ、こんな遅くに」 声をかけると、海月が振り返る。やけに明るい月光りに照らされているせいか、その神秘的な雰囲気に少しどきっとした。 それはまるで、この世のものとは思えないような、浮世離れした存在感。 「急にごめんね」 「・・・別にいいけど」 隣に腰を下ろすと、海月も一緒に座りこむ。 「来てくれてありがと。虎太郎も呼んだんだけど、部活が長引いて来れないっって」 「・・・は?なんでアイツ呼んだんだよ」 雪国は不機嫌な顔を隠すこともなく海月をにらみつける。 「・・・から」 「あ?」 「最後だから」 「・・・何?」 海月の深い茶色い瞳が、こちらを真っ直ぐ見据える。 「今日で最後なの。もう、会えなくなっちゃうから」 その目には、一点の曇りもない。本心で語っている、とすぐわかった。 この時に覚えた言いようのない胸のざわつきを、雪国は知らぬふりをしたかった。 「・・・・・は、何言ってっかわかんねーんだけど」 海月はすっと立ち上がる。 「そのままの意味だよ。 本当は黙っていっちゃおうかと思ったけど、やっぱり二人は私にとって特別だし、何よりも大切な存在だし、ちゃんとお別れしとかなきゃって」 「だから何の話してんだよさっきから!わかるように説明しろ!」 苛立った雪国は海月に詰め寄る。 「わかってるんでしょ。雪国」 海月は混乱する雪国をなだめ諭すように、優しく言葉を紡ぐ。 「・・・あなたは私、私はあなた、だったね。 私たちには、永遠に埋められない欠けた穴があった。一緒にいるとその穴が何なのか、手に取るようにわかったの。まるで鏡のように、互いを通して自分を見ているようだった。 でも苦しくはなかった。虎太郎と三人でいれば、平気だった。心強かった。なにも怖くなかった。 雪国が笑えば私も楽しい。雪国が怒ると私も腹ただしい。雪国が泣いていると・・・私も悲しい。 今は・・・やっぱり悲しいね」 海月は少し寂しげに微笑み、雪国の頬に優しく触れる。 「なんだか不思議だね。 こうして一緒に話してる時間は今この瞬間から過去になり、それが積み重なり、この時間はだんだんと記憶の彼方へと忘れられていく。 ・・・ちょっとだけ寂しいかな」 普段物静かな海月は、口を開けば不思議な発言が多かったが、決して嘘や建前や出まかせの言葉は口にしない。 彼女の言葉には裏も表もない、それは雪国が一番よく知っていた。 何か言わないといけないのに、腹の底から突き上げてくるどうしようもない焦りと不安で言葉が出なくて、雪国はただただ呆然とするしかなかった。 頭に流れこんでくる海月の言葉を、理解しようとするのを拒んでいる。 「あなたと虎太郎に出会えたのが私の幸せ、そして運命。一緒に過ごした時間すべてが愛おしかったーーーー今この瞬間も。 雪国、忘れないで。あなたを大切に想っている人はたくさんいる。独りよがりにならないで。 泣きたい時は、誰かの隣で泣いてね。怒りたい時は、一回大きく深呼吸して、誰かに聞いてもらって。笑いたいときは、誰かと思いっきり笑って。 それとーーー愛することを怖がらないで。愛する人には愛情を持って応えるの」 寂し気で、悲し気で、それでいてどこかほっとしたような海月の表情。 「これ、虎太郎に渡しておいて。お願いね」 海月から差し出されたのは、手紙だった。 「じゃあね雪国。・・・虎太郎のこと、よろしく。 知ってると思うけど、虎太郎、雪国のことになると急に脆くなっちゃうんだから。あんまり冷たくしちゃだめだよ」 海月はスッと離れ、背を向ける。そして、散歩でもするような足取りで歩き出す。 「海月ッッ!!」 ハッ、と雪国は慌てて駆け寄り海月の手を掴もうとするが、それはすり抜けて、叶わなかった。 体勢を崩して転んだ雪国が見た、海月の最後の姿。 そのまま振り返ることもなく、フェンスを軽く乗り越え、躊躇なく飛び降りる海月の背中。 雪国がフェンスから乗り出して下を見ると、海月の姿はどこにもなかった。
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