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春
約1ヶ月後、始業式の日。
教室に戻って着席するなり、参考書を開く者。事前に配布されていた進路アンケートに書き込む者。
三年生クラスは一・二年生達とは違い、落ち着いたムードに包まれていた。
この坂ノ上高校は、県内では中の上くらいの一応、進学校である。
高校があるここ八十美町は、中核都市の阿左美市から電車で約40分離れており、電車通学している生徒が多い。
山と緑と海に囲まれた、どこにでもあるのどかな片田舎だ。
坂を上がったところにあるので坂ノ上高校と安直に名付けられたらしい。少し駅からは離れていて、バスも1時間に1本くらいしかないので、駅から自転車で通う者が多数である。
校風は文武両道、勉強と部活動の両立を掲げ、生徒達もそれに従い比較的真面目で落ち着いた雰囲気だ。
毎年ほぼ全員大学へ進学するが、有名国立大に行くような秀才は、一学年に一人いるかいないか程度である。
ちなみにこの八十美には共学の坂ノ上高校と、一つ隣駅に山手女子学院という女子校がある。
山手女子学院はもう少し校風が緩く、田舎にしては少々派手な女子がいる。制服が可愛いから、という理由で選ぶ生徒も多い。
一方、坂ノ上高校は制服がダサいという不名誉なことで有名である。
三年生に進学しても、二年生の時と面子はあまり変わり映えはしない。二年進学時に、国公立志望、私立文系志望、私立理系志望でざっくりクラス分けされているからだ。
国公立志望で一応希望を出していた3年2組の日南周二は、馴染みのクラスメイトと休み時間に雑談をしていた。
ふと、斜め前の空席が目に入る。
ーーー始業式当日から欠席をかましている、早瀬雪国の席。
彼とは2年から同じクラスだったが、あまり関わりはなかった。ほんの少し会話をした程度である。
「・・・なあ、早瀬の奴、先月くらいから全然学校来なくなったよな?」
「ま~あいつ元々すげー不良だからな・・・クラスでも浮いてたし、逆に出席してる方が奇跡だったんじゃね?」
「だよな!俺中学一緒だったけど、そん時はもっと荒れてたぜ?高校になってからちょっとおとなしくなったけど」
「このまま不登校で退学・・・?」
「てかなんであんな不良がこんな地味な学校来たんだろうな」
「それよりさー!山女で行方不明になったっつー女子の話だけどさぁ・・・」
好奇心のネタとしてしばしば話題に上がる早瀬雪国の噂を、周二は少々食傷気味に聞き流していた。
中学時代の早瀬雪国は、しょっちゅう他校の札付きワルと喧嘩し負け知らずの強さを誇る、手のつけようのないワルなイメージがついていた。別の中学に通っていた周二でもその噂は耳にしていた。
それがこんな地味な高校に入学してくるというのものだから、入学前から彼は注目の的だった。
どんないかつい奴かと思えば、きらきらとした金髪に、透き通るような白い肌、外人の血が混じっているのか青みがかかった大きな瞳を持つ類い希な美少年。
入学早々、誰もがその容姿に度肝を抜かれた。
蓋を開けてみれば、恐れていた喧嘩沙汰のようなことも特に起こさず、意外と大人しいものだった。本当にそんな恐ろしい不良なのかとさえ疑う者もいた。
が、人は見かけによらずというか、いや評判を覆さないといえばそうなのだが、血の気の多い少年なのは間違いないことが間もなく判明した。
学年指導の教員に呼び出され、再三にわたって髪色の注意を受けた際、地毛だと何度言っても尚しつこく黒髪にするよう迫られたため、近くにあった椅子を蹴り飛ばして教員が怯むほど激怒し、結局認めさせたという伝説を早々に打ち立て、周囲を震撼させたのだ。
以来、彼の容姿に触れるのは教師生徒含め暗黙のタブーとされた。
たまに学校をサボったり授業中は堂々と居眠りする等態度は悪かったが、成績は常に上位キープなので、教師もあまり文句をつけられなかった。
しかし、高校二年の春頃から休みが目立つようになった。
周二が彼と関わりが少ないのもそのためだ。
1年次の頃はまだ同級生とも一応普通に接していたが、段々と他を寄せ付けなくなり、孤立していった、ということである。
先月からは全く学校に来なくなり、噂では登校日数ギリギリで進級できたとのことだった。このクラスに名前があるからそういうことなのだろう。
こうなってから、息を潜めていたクラスメイトが手のひらを返したかのように口々に彼を悪く言う。実にせせこましい世界だ、と周二は遠巻きながらに感じていた。
周二は一度だけ、早瀬雪国の隣席になったことがある。
その時よく目にした彼の姿は、窓際の席で外をじっと眺めているか、何かイヤホンで音楽を聴いて目を閉じているか、机に突っ伏して寝ている姿だった。
その横顔は、つまらなそうにも見えたし、何か考えこんでいるようにも見えたし、どこか不満そうにも見えた。
何となく気になり、ふと盗み見したりしていたのだが、ある日の自習時間、視線がバレて目が合った。
「何?」
じろっとこちらを見る目は不快感をあらわにしていた。
雪国が容姿に触れられるのが大嫌いなのを知っていたので、周二はとっさに思いついたでまかせを口にしていた。
「あ、そのいつもつけてるリストバンドさ、ライキのやつ!それ限定色のやつだろ?
俺買いそびれたからいいな~ってつい見ちゃって・・・」
雪国は表情を変えず、じっと周二を見ていたが、
「欲しいならやろうか?」
と思いがけないことを言った。
「えっ!ええっ?!いやいやいやいいよ!!レアなやつだし大事に持ってろよ!」
雪国はリストバンドに視線を落とし、何を思ったのか、
「・・・そうだな」
ほんの一瞬、ふっと薄く微笑んだのだ。
その表情がどうしてか周二の目に焼き付いていて、今でもよく覚えていた。
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