春 

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「早瀬は最近学校いなかったから聞いてないのもムリないか。『乙嫁探し』は知ってるよな?」 「・・・聞いたことはある」 二人は長く暗い階段を、ゆっくりと上っていく。 「この八十美に昔から伝わる儀式、『乙嫁探し』。 18年に一度、この町で美しく、強い力を持った16歳から18歳の子供が何人か選ばれ、その中の1人が生贄になる」 言い伝えとしてぼんやりと聞いたことはあった。 「・・・それが?」 「それが、今年行われるんだよ」 雪国はぴたり、と足を止める。 「おい、まさかそのうさんくさいお伽話が始まるってんじゃねえよな」 「・・・最後に行われたのは、ちょうど18年前。その前も、その前も、行われている。 ・・・信じ難いけど、本当にあるんだよ。 そんで今日ここにきたら、早瀬がいた。もう俺はぴーんと来ちゃったね」 周二は足を止めて振り返る。 「あ、その、美しいとか力が強いって定義はいったん置いといて、お前も結構霊感みたいなのあるんだろ? 俺もちょっとはあるよ。まあでもこの町だと霊感ない人間の方が少ないから、そんなに珍しくないよな」 八十美は霊山として有名で、全国から修験者と呼ばれる人々が巡礼に訪れる。霊山がある影響か、この土地の人間は霊やこの世のものではないものが視える、いわゆる第六感が備わっている人間が多い。 雪国も例に漏れず昔から霊感はある方で、しかも他人よりよく『視え』た。なんとなく嫌な気配がした雪国は、踵を返す。 「・・・やっぱ帰る」 「は、はあ~?!ここまで来て帰るとか言うなよ~!!俺一人で行けってか?!」 「そうだよ」 「いや俺霊感はあるけどビビりだから今日も一人だったらどうしようって思いながら来たんだぞ!ここまできたんだから行くだろ~!」 「嫌だ、めんどくせぇ」 「頼むよ早瀬〜!」 周二に泣きつかれた雪国は、「着いたらすぐ帰るからな」と渋々重い足取りで上る。 同時に、最初から感じていた胸のざわつきが、次第に大きくなっていく。 上に近づくにつれ、両脇に小さな提灯が誘導灯のようにぽつん、ぽつんと等間隔で灯る。 長く感じられた階段を上りきると、弥栄神社の夜の姿が現れた。 神社の境内へと等間隔で続く大きな松明の灯が辺りを照らし、昼間は青々とした木々は黒く鬱蒼と神社を取り囲む。 その真ん中に一人、少年がいた。 黒髪の少年は眼鏡をかけ、華奢ですらっとしている。この辺りの高校ではないブレザーを着ていた。 「やっと来た」 「おっ、候補の人すかー?どもども」 黒髪の少年はシャープな顔立ちに切れ長の瞳をしていて、雪国とは別のオーラがある美しさ、気品があった。 「その制服・・・坂ノ上?」 「そっス!俺ら二人とも坂ノ上でーす。そのブレザーは、明協でしょ?」 黒髪の少年は二人の顔をまじまじと見比べる。そして雪国の方をずいっと値踏みするように覗き込むと、 「・・・なんだ、ちょっと髪の色が明るいだけじゃん」 吐き捨てるように鼻で笑う。 「・・・あ?なんだテメェ」 「僕を差し置いて、どんな奴が乙嫁になるんだと思ったら、ちょっとばかし髪が目立つだけの不良じゃんって言ったんだよ」 「は?いきなり生意気な口叩きやがって、何様なんだよ」 今にもつかみかかりそうな勢いで詰め寄る雪国を、慌てて周二が抑える。 「わー!ちょっと待った待った!なんで初対面なのにピリピリしてんだよ!」 「別に、馴れ合うつもりはないからね、僕は」 黒髪の少年はぷいっとそっぽを向く。 「と、とりあえず自己紹介しよーや!俺は日南周二、坂高の三年だ」 「・・・真木九十九(まきつくも)。明協の三年」 腕組みしたまま、雪国は険しい表情で九十九を睨みつけている。 「こ、こいつは早瀬!早瀬雪国ってんだけど、ちょっと今はご機嫌斜めなんだよな~」 あはは、と苦笑する周二の肩を、雪国はぐいっとつかむ。 「おい」 「ぎゃっ!な、なんだよ」 「さっき言ってた生贄になるってのはどういうことだ?ここにいる奴が死ぬってのか?」 「え、それは、ええと・・・」 九十九がぷっと噴き出す。 「お前、知らないでここに来たの?マジでウケるな」 「ああ?!ふざけたこと抜かしてんじゃ・・・」 「それには私が答えよう」 どこからともなく低い声がして、三人は神社の方を振り返る。 いつの間にいたのだろうか、狼か狐の面をかぶった長身の人物が立っていた。神主のような和装を纏っていて、その表情はうかがい知れない。 「よくぞ集まった、乙嫁の候補たち・・・一人、足りないようだが」 雪国はお構いなしに、ずかずか面の人物に詰め寄る。 「おい、お前が呼び出したのか?ならとっとと説明しろ。俺は早く帰りてえんだよ」 「ふふ。血の気が多い姫だな」 「ああ?!」 「お前たちは周知のとおり、今回の乙嫁候補として選ばれた。全部で四人。 その中で早瀬雪国、そなたが第一候補、つまり乙嫁となるべき者だ。 それ以外の者は乙嫁である早瀬雪国の身になにかあった場合の代えに過ぎない。 三人はできるだけ乙嫁の安全を確保するよう努めること。 これがお前たちの使命だ」 「・・・ハア?全っ然意味わかんねーんだけど」 「早瀬雪国、お前は一年後に乙嫁としてこの街を守るため、山の命を存続するため、生贄となるのだ」 雪国は面の人物に掴みかかろうとするが、逆にその腕を捕えられる。力が強く、びくとも動かない。 「大事な乙嫁だ。傷物にしては困るので、もう少しおとなしくしてもらいたいものだな」 「ふざっけんな!勝手に決めてんじゃねー!いきなり一年後に死ねとか言われて、はいそーですかってなるかよ!」 「それがお前の運命なのだ。酷なことだが、受け入れるしかない」 「誰がそんなことバカげたこと決めたんだよ?!ああ?!」 「それは」 その時、階段を慌ただしく駆け上がってくる足音と共に、一人の少年が現れた。 「すみません、部活で遅くなりました・・・!」 皆が一斉にそちらを振り返り、雪国の目にもその人物の姿が映る。 そして、ばちっと目があった。 雪国はその少年を見て、大きく目を見開く。心臓が跳ね上がった。 少年も雪国を見るやいなや、愕然とした表情に変わる。 「・・・虎太郎、なんでお前が」 「・・・雪国・・・」 「ちょうどいいところへ来た。 雪国よ、乙嫁(おとよめ)を選ぶのは対となる存在の甲婿(こうむこ)。 お前は甲婿により、乙嫁として選ばれたのだ。 その甲婿こそ、そこにいる羽村虎太郎(はむらこたろう)だ」
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