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久しぶりに実家へと帰って来た。この家に足を踏み入れるのは何年ぶりだろうか。妙な緊張感がある。引き戸を開け、声を掛けた。
「ただいま…!」
「愛未…元気にしていたの?ちょっと、痩せたんじゃないの?」
母はうれしそうな顔で私を迎え入れると、体を気遣ってくれた。すると、リビングから赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。
「愛子も帰ってきているのよ。入って、入って?」
母に腕を引かれ、リビングへ足を踏み入れた。
リビングは何も変わらない。我が家の匂いがして、すごく落ち着く。ソファーに腰かけると、和室から姉が出てきた。
「久しぶりだね、お姉ちゃん」
「愛未、帰ってこられたんだね!会社、ブラックなんでしょう?」
疲れきっていた姉は私を見るなり、目を輝かせながら私に駆け寄ってきた。こたつに入って、一息つくと言った。
「まあね。一周忌はなんとかって思ったんだけど…そんなに顔に出てる?」
「くまとか、すごいよ?なんか、青白い顔しているしさ。ほら…」
そう言って、差し出してくれた鏡で自分の顔を見て、小さく悲鳴をあげた。
「こんなに酷かったんだ。久しぶりに、自分の顔、まじまじと見た」
頬をさすりながら呟く。どうりで、すれ違う人達が険しい顔で見るわけだ。ふと、視線を床におろすと、赤ちゃんがすやすやと眠っていた。
「颯太君、大きくなったね。お葬式の時は、首も座ってなかったけど」
「そうかな?ずっと一緒にいると手間がかかって、早く大きくなってくれないかなって思うけどね」
机に肘をつきながら言う姉の顔は母親の顔だった。
2人で颯太君の寝顔に癒されていると、母が両手にアイスを持って、やって来た。
「こたつでアイスTIMEしましょう?」
「わー、懐かしい!よく3人でアイスTIMEしていたよね!」
懐かしすぎて、私は久しぶりに興奮していた。私が手を伸ばしたのは、バニラアイスが求肥で包まれたやつ。姉もそれを狙っていたのか、悔しそうな声を出してから、言った。
「私のチョコアイス、1口あげるからちょうだい?」
「いいよ?2つ入っているから、1つあげる」
そう言うと、姉は何回もガッツポーズしながら喜んだ。そんな姉の姿は何も変わってなくて、どこかホッとした。小豆のアイスに着地して、平和にアイスを楽しんでいた母が目を細めながら言う。
「2人とも年を重ねても、何も変わってないね。そのやりとり、何回見たか」
身に覚えのない2人は顔を見合わすと、首をかしげた。
「そんなに、やっていた?」
「やっていた。だって、そのやり取りが見たくて、毎回それ買っていたんだもん」
私が聞くと、いたずらな笑みを浮かべ、母は答えた。
「へー、初耳。…うん、やっぱり美味しい。笑えてきちゃうね」
すべてが懐かしくて、胸の奥がジーンと熱くなった。せっかくのアイスが溶けちゃいそうだ。涙をこらえると、また一口食べた。
しばらく、誰もしゃべらずにアイスと向き合っていると、姉が静かな声で言った。
「ねぇ…帰ってこないの?」
「うーん…どうしようかな?どれだけ、帰ってきてなかったんだろう」
生返事をすると、半分になったアイスを棒で突きながら考える。家を飛び出したきっかけさえも曖昧だ。母が言う。
「9年。急に東京の高校に合格したからって言って、出ていっちゃって…」
思い出した母は声を涙でにじませた。姉も言葉を続ける。
「私も思い出した。旦那と結婚の挨拶しに行った日に、愛未、言ったんだよね。お父さん、勝手にしろなんて思ってもないこと言っちゃってさ…」
「鈴木家の歴史に残るほどの事件だったよね」
母と姉の言葉で全てを思い出した私は苦笑いを浮かべると、アイスを完食した。呆れたような顔で首を左右に振ると、母はお茶を口にしてから言った。
「お父さんは素直じゃないから…」
「私さ、お父さんはお姉ちゃんのことが一番、大事なんだなって思いながら生きていた」
胸のなかにずっと潜めていたことを、普通に言っている自分に驚いている。案の定、2人は驚いた顔で私を見つめている。
「そんな風に思っていたの?それこそ初耳なんだけど?えっ!どこらへんが?」
「お姉ちゃん、職業病が出ているよ?そんなに質問されても一気になんて答えられないから」
ジャーナリストの血が騒いだ姉が詰め寄ってきた。姉に指摘すると、照れ笑いを浮かべながら座り直すと言った。
「でもさ、本当にわからない。私は愛未が羨ましかったけどな…。私にだけ厳しいし、あの人ね結婚も最後の方まで反対していたんだから!」
「うーん…私は、それが羨ましかった。私のこと呼ぶ時、必ずお姉ちゃんの名前を呼ぶし、相談しても好きにしろだったし」
さみしかった頃の幼い自分を思いだし、なんだか泣きたくなってきた。すると、ずっと黙って聞いていた母が口をひらいた。
「たぶんね、それ…お母さんのせいだと思う」
急に自分のせいだと言う母に私と姉は固まった。
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