あの日出会った彼女が言うことには。

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「いや、ちょっと違う」 「違う、のか」 「うん。でも、やんごとない事情があり、この瞬間にもパッタリ逝ってしまう可能性はある」 「・・・なんか、大変そうだな」 彼女は軽く目を瞬かせると、再びにっこり笑った。 「おにーさんはいい人だね。ね、名前教えて」 「は、ああ、中島功太(かなじま こうた)」 「中島さんかー。ね、ね、なにをそんなに暗くなってたの?」 「あーなんつうか、内定が、取れない、みたいな。で、未来も真っ暗、みたいな」 「ないてー?」 「就職先だよ。大学卒業したら働かなきゃいけないのに、就職先がぜんっぜん決まんねーの。もう世の中に必要とされてないのかってくらい、自信失くしちゃってんの」 なぜこの子に愚痴ってるんだ、と思うのだが、吐き出さないと毒が全身を犯していくように、暗くすさんだ気持ちに取り込まれる感じがして止まらなかった。 「会社に入りたい理由?自立したいからだっつーの。なぜこの業種を選んだかって?俺の学部じゃこの業種が一番就職率高いの。やりたいこと?そんなのわかってたら、十把一絡げに見えるリクルートスーツ着て就活してないっつーのっ。あーもう、俺は正直すぎるのか?こんな気持ちがだだ洩れなのか?取り繕えてないのか?面接官の薄ら笑い、あー、思い出すとムカつくより恐ろしいわ」 俺の愚痴がヒートアップしてくる。 そうさ、そこそこ知名度があれば、どんな会社でもいいんだ。入社すればそこそこやっていける。その自信はある。平均値で今まで生きてきたんだ。そこそこの生活ができれば幸せだろう? 彼女はいつの間にか隣りにいて、俺と同じように欄干にもたれていた。 「ねーねー、中島さんはー、ほんっとにやりたいことないの?子どもの頃とかに、なりたい職業ってあったんじゃないの?」 「・・・」 「なんかねー、それに背を向けてるよーな印象。やる前から諦めちゃってる、みたいな」 「どっかの“いい言葉”みたいだな」 「ちなみにねー、私はー」 彼女は身を起こすと、シュタッ、ピッと口で言って、気をつけをするや敬礼のように左手を額に当てた。 「逃亡生活、始めましたー」
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