5人が本棚に入れています
本棚に追加
――どちらに転んでも、相応の覚悟は必要だよ――
そう言って、その年寄りはこと切れた。路上で途方に暮れていた俺に、生きる術を色々と教えてくれた、親切な奴だった。
若い頃はどこかで囲われていたらしいが、そこから逃げ出し、最後は土の上で大往生。今どき珍しい幸せ者と言える。
俺はそいつの躯を引きずって、木陰の草むらに隠した。俺たちにとって、死んだ姿を通りすがりの見知らぬ連中に見られるなんて最大の屈辱だ。念のため身体の上に落ち葉を被せてから、爺さんに別れを告げた。
公園を出ると、大きな鉄の固まりがびゅんびゅん行き交う大通りに出た。街灯の光が目を差し、思わず目を細めながら歩き出す。
星の明かり一つあれば、俺たちには事足りるのに。いったい誰が、こんな迷惑なものを、こんなにいっぱいあちこちに作ったんだろう。……まあ、どうせ人間だろう。これのある所は大概、人間がわんさかいるから。
そんなことを考えながら歩いていると、向こうから、二匹連れの人間がやってくる。その一方が、俺を見止めるなり、甲高い声で叫んだ。
「わあ、猫だあ。可愛い。野良かなあ。触りたあい」
「やめときな。どんな病気持ってるか分かんないよ」
何を言っているのかは分からなかったが、多分俺のことを話しているのだろう。背中の辺りがビリビリして、思わず駆け出した。
「ああ、行っちゃった……。いいなあ、綺麗な黒猫」
なおも自分に向けられている視線をビシビシ感じながら、塀の間に滑り込んだ。ここまで来れば、追ってはこないだろう。
それにしても、あの人間、何となく、俺を囲っていた人間に似ていたな。そんなことを思った。その途端、過去の記憶が蘇り、何とも言えない気持ちになった。
俺はほんの少し前まで「囲われ者」だった。人間の家に閉じ込められ、あいつらのルールを押し付けられながらも、ぬくぬく食っちゃ寝の日々。物心ついた頃からそうだった。窓の外に時折姿を見せる「宿なし」の連中に恐怖を覚えながらも、心の片隅で見下していた。
多分死ぬまでそんな暮らしが続くのだと思っていた。それが、ある日突然終わりを告げたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!