牡丹の側で

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牡丹の側で

 その日から、友晴は休みの前日になると晴日を尋ねて通うようになった。場末の茶屋とはいえ、それなりに金はかかる。が、真面目に無駄遣いもせずに勤め上げていた友晴にはかなりの貯金があった。その為、それほどに辛くはなかった。  晴日は人懐っこい青年で、あまり欲がなかった。むしろ足繁く通う友晴の懐を気にして、来るのを控えるように言うくらいだった。  そして、彼の話を聞いた。13で親に売られた事。仕込まれて、15で座敷に上がった事。最初はちやほやされたが、25を過ぎると若い子に場を追われるようになったこと。そして、あと数年で年季が上がること。 「ここ最近、友晴様が俺の事を指名してくれるから少し早くなるかもね」 「年季明けか?」 「そ」  事後、少し気怠い中で嬉しそうに話す晴日が最近は可愛いと思える。しっとりとした肌を抱いて、友晴は思っている事を伝えてみた。 「いくらあれば、お前を身請けできる?」 「え?」  驚いた目がこちらを見上げる。それに対する友晴の目は真剣そのものだった。 「やめとけよ友晴様。俺みたいなのに無駄金払うなって」 「無駄じゃない。お前に会いに来る日を、最近は楽しみにしている」 「出会って3月程度だろ」 「そうなんだが……」  なんと言っていいか、分からなくなる。結局は、身の上話になってしまった。 「俺は、生まれてこのかた恋というものをした事がなかった」 「え?」 「……あまり、顔立ちも綺麗ではない無骨者だ。家だって裕福ではない、ごく普通。元から真面目と言われ続け、面白みもなく、浮き立つような感情も知らないままこの年まで生きてきた」  血も、あまり残す気がなかった。それというのも分家の分家、侍としても三流の下っ端だ。由緒正しい家ではなく、たまたま武功を上げて侍になった歴史の浅い家柄。しかも太平の世では武功もなにもない。このまま貧乏侍の家が続き、苦労をかける。それならば焦って相手を探す事もないと思ったのだ。  何より、友晴は仕事に生きがいを感じている。コツコツと積み上げるように生きてきた。恋情も知らず、女人と接する事もあったが何も感じず、思うままの休日を過ごす事の方が楽しみだった。  そんな男が人生において初めて感じた恋が、今まさにこれなのだ。  晴日は困った顔をしてしまう。そしてふいっと、友晴に背中を向けてしまった。 「……真面目に、奥さん探して」 「晴日」 「アンタ、いい父親になれると思う。面白みはなくても、情が深そうだし。俺みたいなあばずれに引っかかってないで、ちゃんとした相手探しなよ」 「だが!」 「俺は陰間なの! ……アンタ以外にも、抱かれてるんだよ?」  それは知っているが、改めて彼の口から告げられると多少痛かった。  それでも今胸にある思いを偽物とは思いたくない。勘違いだなんて、思えない。  その日の帰り、茶屋の主人にこっそりと身請けの話を聞いてみた。そして、小判50両と言われた。流石に大金過ぎて目が回る思いで項垂れると、店の主人は40両にまけてもいいと言ってくれた。  聞けば、晴日はあと3年程度で年季が明けること。今までもけっこう稼いでいて、借金の額はそれほど残っていないとの事だった。  だが、正直身請けするほうが割高になる。年期間近の陰間なら、あと3年待つ方が利口だと言われた。  が、気になる事もあってそれだけ待ちたくなかったのだ。  時々だが、晴日は体に痣を作っていた。「なんでもない」と言いはするが、痣ができるような事だ、普通じゃない。  大事にしてやりたい。できれば、手元に……。そう願って家の金やら何やらをかき集めてみたが、5両程度にしかならなかった。  家財を売ったとて大したものにはならない。母の着物を売ってようやく10両だ。  まだ、30両足りない。落ち込んでいる所に京介が来て、友晴は全てを洗いざらい話した。 「……お前、本当に友晴か?」 「そうだ」 「マジか……すまない、俺のせいで」 「どうして京介が謝る。逆に感謝している」 「だが、そのせいでお前今大変なんだろ? 身請けなんて……」  言葉をなくす京介に、友晴はふわりと微笑んだ。 「あまり、辛い苦労ではないんだ。晴日を自由の身にしてやりたい」 「んなこと言ったって、残り30両なんて大金、どうしろってんだ」  そこが問題だった。  二人でしばし唸っていた。そして徐に、京介がパンッ! と膝を叩いて立ち上がった。 「よし! ここは俺が一肌脱いでやる!」 「おい、大丈夫なのか」 「旗本様にかけあって、わりのいい仕事を貰うんだ。流石にすぐってわけにはいかないだろうが」  掛け合ってくれると言う京介の言葉に、友晴はパッと顔を明るくする。それに、京介もまた頼もしい笑みをみせてくれた。  そうして二人で旗本様の元に行き、事情を話してどうにか給金のいい仕事はないかと頼み込んだ。最初こそ驚いた旗本様だったが、友晴の真面目な仕事ぶりはよく知ってくれていた。そして、殿の城への奉公を打診してくれたのだ。  旗本様の紹介が良かったのか、1年という期限付きで殿のいる城への奉公が決まった。それを晴日に伝えると、彼は少し寂しそうな顔をしながらも送り出してくれた。勿論、身請けの話はしなかった。  必ずよく働いてお金を貯めて、お土産を持って彼を迎えに行こう。そう決意して、友晴は町を後にした。
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