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それより、1年後――
約束の期間を経て、友晴は家路を急いでいた。城でも友晴の真面目な仕事ぶりは高く評価され、殿直々にこちらで仕事をしないかと打診された。
が、迎えに行きたい人がいる。その人は男で、陰間をしている。彼の身請け料を捻出するために奉公に出た事などを殿に包み隠さず伝えると、殿は唸りながらも頷いて、給金に更に色をつけて送り出してくれた。
そして、その者を伴って戻ってくるようにと言ってくれたのだ。
嬉しさに足取りが軽い。晴日を迎えに行ってやれる。どんな顔をするだろうか。驚くか、それとも少し怒るのか。何にしても、彼に1年ぶりに会えるのだ。
足取り軽く意気揚々と帰郷した友晴だったが、迎えた京介から伝えられた事はあまりに残酷な事だった。
「…………晴日が、死んだ?」
あまりの事に膝から崩れ落ちた友晴に、友はなんとも言えない悔しげな顔をして頷いた。
「どう、して……」
「病と聞いているが」
「だって、元気だったんだぞ! 流行病もなかっただろ!」
「分かってる! だが……」
そんな……そんなはずはない。元気だったし、まだ若かった。それなのに、死んだなんて……。
いても立ってもいられず、友晴は京介が止めるのも聞かずに茶屋へと走った。そして主人に何があったのかを問いただした。
が、茶屋の主人は「病だ」としか言わない。が、多分違う。目は泳いでいて逃げたそうにしている。
「では、墓はどこだ」
「墓? お侍様、あの子は陰間ですよ? そんなもの、あるわけがないでしょ」
「!」
では、あの子は今どこにいると言うのだ。
「用がないなら帰ってくれ!」
突き放すように言われ、友晴は衝動的にこの主人を斬ってしまいたかった。だが、それはできなかった。真面目と言われる性分が、それを友晴に許さなかった。
トボトボと歩くその道すがら、暗くなったあぜ道の奥、そこから不意にチリリィィンという鈴の音が聞こえて、友晴は立ち止まった。
聞き覚えのある音だったのだ。それは晴日が歩く時に聞こえる音。年季の明けない陰間の足に付けられる、逃亡防止用の鈴の音だった。
チリリィィン……チリリィィン……
まるで呼ぶように鈴が鳴る。気づけば足はあぜ道を横にそれた。細い獣道かと思うような道を山へと登っていくと、その先に朽ちた寺が一つぽつねんと建っている。
門扉は片方外れて斜めになっているし、屋根は一部落ちている。壁は所々剥がれて、草はぼーぼーに生えている。
その草むらの奥から、やはり鈴の音がしている。
腰くらいまでも伸びた草むらをかき分けるようにして進んでいく。何故か薄らとだが道があるようで、思ったよりは進みやすい。
そうして表門からかなり歩いた、ほぼ裏側。そこには不釣り合いな立派な牡丹の木があった。そしてその根元に、僅かに見える白い手があった。
何の確信もなかった。ただ衝動的に「そうだ」と思って必死に掘り起こした。硬いが、道具が必要な程ではない。爪がボロボロになっても必死に掘り起こした友晴はそこで、愛しい人を見つけて泣き崩れてしまった。
変わり果てた姿だった。綺麗な顔は一部骨が見えていて、殴られたのだろう痣が見えた。腹も、きっと殴られたんだろう。肋骨が大きく折れていた。そして足の骨にはあの鈴が、朽ちずに残っていた。
「すまない、晴日……迎えに行ってやれずに、すまない!!」
大声を上げて泣く友晴は全てを掘り起こすと、その骨も体も綺麗に拾った。そしてどうにか家に連れ帰ってやる事が出来たのだった。
葬儀はひっそりと行われた。骨は骨壺に収めたが、焼くとボロボロに崩れてあまり残らなかった。
それらを持って、意気揚々ときた道をトボトボと戻った。殿との約束があったから、戻らないわけにもいかなかった。
今にも死んでしまいそうな顔で戻ってきた友晴を殿は驚いて迎え、事情を聞いて哀れんでくれた。
小さいながらも必死で稼いだ身請け料で墓を建てて、そこに晴日を入れて手を合わせる。自分が死んだ後はここに同じく葬って貰う事になっている。
そして、これまでにも増して仕事をした。そうすることで悲しみを紛らわせていた。そうでなければ思い出し、息もできなくなってしまうのだから。
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