6月14日

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扉を開けると、自分の想定より頭の位置の低い人、推定130センチほどに見える水色があった。 「こんばんは。こっちに来させると緊張する、って希が言ってたから来た」 「は……、ええ?」 相も変わらず小さな姿をとったシディアさん。長い髪は地べたを張って、緑色の瞳はどこか遠くを見ているような、俺を見ているような、浮世離れした雰囲気の、セントネラ騎士団長。荷物が多いようだ。背丈の半分はありそうな大きなトランクケースを脇に置いていた。 リビングの方から誰かを聞く麻井くんの声。シディアさんって紹介していいのか。 固まっていると、きれいに靴を並べて一応形式的な挨拶を口にしながら、クラシカルな皮製らしいどでかい荷物には、意外にもキャスターはついていたらしくがらがらち引っ張られて行って俺の横を抜ける。 はっとして慌てて追いかけると、麻井くんに簡単な自己紹介をしているところだった。 「こんばんは。私はシディア。セントネラ騎士団の団長。よろしく」 「…………え? あ、よ、よろしくお願いします……? え? ちいさ……え?」 「今日は、要の健康診断で来たから、終わったら帰る。あとご飯。持っていけって言うから持ってきた」 「ありがとうございます。……か、要さん」 「俺も分かんないから聞かれても……」 流石に驚いた様子で存在を無視することもできず、ご飯が入っているらしいビニール袋を受け取り中を確認した。なんだかよい店の弁当とかだったらしく、麻井くんはあからさまにテンションをあげている。焼肉弁当らしい。 早く終わらせよう、と俺をソファーに座らせて、トランクケースを開けた。中身はよくわからない医療器具らしきもの。注射のような俺が見て一発で名前と用途の分かるものはほとんどなく、平たい板やら、謎の液体やら様々詰め込まれていた。 ブレザーだけ脱ぐとぺたぺた服の上から心臓のあたりを触ったり器具を使ったりなんだかしていた。 一番印象的だったのは、少し血が欲しい、と言われたときに使った器具で、所定の位置に何滴か血を垂らすと博物館の湿度管理計のように器具がなにごとかを書き綴ってグラフができた。 「うん。おしまい」 「これで何が分かったんで、……分かったの?」 「答え合わせしただけ。の前も何度か魔力的な枯渇を経験したでしょう」 「追放……ああ、秘密の部屋の先生。はい」 「それ、やめて。あと、回復魔術もよくない。あんまりすると死ぬから」 「死ぬ」 「うん。貴方は珍しい体質。真祖でありながら貴方の体はまるで人間そのもの。それなのに、魔力の回路だけは存在してる」 「それは、何が悪いの?」 「人間の体に魔力が入ってる、悪くないとこがない。魔力を持たない草木に入れようとしても、壊れちゃうでしょ。体は魔力を血液のようなものだと認識していて、急激に減ることを危機だと感じて休眠を訴える反応を出して対処させてる。でもほとんどの場合魔力なんて一日寝ればほとんど回復するでしょう。この増減のサイクルに体の方が許容値を超えたと認識し始めてる」 「え、と……? どうにかできる?」 「うん。覚醒させればいい。真祖の体になれば、体質問題はクリアできる。五千年間、貴方のような体質の人は記録上五人。三人は死に、後の二人は覚醒により免れている。生命の危機さえ立証できれば儀式は問題なく行えるから、手続きはこちらでどうにかする」 よくわかんないけど、とにかく俺は覚醒すれば問題ないんだな。 苦しいらしいけど、有用性を引きあげるものだ。やりたかったことである。黒宮先輩も命の危機とあらば反対の理由はないな。 やっぱり棚ぼたなんだよなあと思わないでもないが、幸運に恵まれたということで納得しておくことにした。 「覚醒するまではあんまり魔術的な事象に関わらないこと。貴方が必要以上にしないことは勿論、魔術を受けることも推奨しない」 「授業は大丈夫だよね? 俺、特待受けてないと……」 「実技ができないことについては私から適当に話して免除という形にしてもらうから大丈夫」 「あーあの、騎士団長様……? 教育機関への介入はしない、というのがお決まりだったはずでは……?」 「私は初めから秩序だった行動を期待されてない。平気。最悪特待がなくなって通えないというなら騎士団(うち)に来ればいい。いつ公表するか知らないけど、私の側近の方が守ってあげるのが簡単」 義務教育分ぐらいは終えさせてほしい。大学は自由だけど、貴族は高校までは確実に通わせられるもの。そのぐらいまではいくらなんでも。 何とか言い募ると、シディアさんは無表情のままにこくんと頷いた。この一瞬だけを切り取ると子どものようなのに、本当に不思議な人だ。
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