王女殿下のお見合い、の身代わりを押し付けられました(断ったのに)

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 大国・フレーティア王国の東にある隣国の更に隣国に小国・マルケイア王国があった。マルケイア王国は小国ながらフレーティア王国を含む諸外国の外交ルートによる輸出品で国力を温存していた。その輸出品はマルケイア王国にしかない水を使用した化粧品であのオキュワ帝国でさえその化粧品欲しさにマルケイア王国を優遇していると近隣の国々から妬み半分で羨ましがられていた。ところが。そのマルケイア王国で10年前内乱が起こった。一時期は王国が焦土と化して国民は居なくなってしまうのではないかとも思うくらい酷い内乱。その内乱を押さえ込んだのが現在のマルケイア国王・ホマエルである。彼は弱冠15歳という若さで内乱の切っ掛けを作り上げた兄達をその剣の錆にするなり兄達を煽り立てた貴族達をも血祭りに上げその貴族達の意向を汲んだ傭兵や兵士達をも血祭りに上げた。  ホマエルの兄である第一から第四王子達は前国王が病に罹った途端に王位継承争いを起こし、貴族達をどれだけ自陣に取り込めるか争い、その貴族達が敵となる貴族達を陥れようと傭兵や兵士を雇って相手の領地へ攻め込み、それを報復しあった結果一時期は焦土と化して国民が全滅する寸前にまで追い込まれた。  だがその手前でホマエルが兄達4人と莫迦な貴族達を血祭りに上げ更には傭兵や兵士をまとめ上げていたトップを血祭りに上げた事でようやく国民は全滅する前に助かったのである。それと4人の王子達に阿る事を良しとしない心ある貴族のお陰で。その貴族家は3家しか残っておらず男爵家が2家。残り1家は伯爵家だった。この3家は表向きは4人の王子達に阿る事を良しとしない、という事だったが実は伯爵家の当主が小心者で領民を守るために中立の立場を保っていただけのこと。残りの男爵家のうち1家は国王陛下の密命を帯びていた事がホマエルに知らされた。その密命とは万が一前国王に何かあれば王位を譲る相手を伝えられていたのである。だが前国王が病に罹ったのと同時に王太子だった第一王子を第二王子とその母である側妃が暗殺しようと試み……その企みに乗ったふりをした第三と第四王子が第一・第二王子をまとめて暗殺しようとして……泥沼化してこの状況になった。泥沼化する前に密命を帯びていた男爵がその密命を明かしてくれれば良かったが、折り悪く男爵も病に罹り暫く起き上がらなかった。起き上がれるようになった時には既に泥沼化していたのであった。  その前国王は病に罹ってから直ぐに悪化し王子達も側妃達も止めようにも止める事も叶わぬまま病死。正妃である王妃は子を産めなかったためどれだけマルケイア王国に尽くしていても貴族達からも側妃や王子達からも陰で嘲笑され発言権などまるでないものだった。全てが片付いてからホマエルを国王に認めて自害をしてしまった。ホマエルは王妃を母と慕っていたが王妃は生きる気力が無かったのである。ちなみに第五王子のホマエルだけが王位継承争いに入らなかったのは、彼だけが前国王の子達の中で王妃付き侍女に手を付けられた子だったからだ。母は側妃達の虐めに耐えかねて病死し当人は使用人の子と嘲笑われて生きていた。王妃が庇ってくれたから生きていられたのである。  密命を帯びていた男爵は前国王の遺志は王太子にあった、とホマエルに告げた。だが男爵はホマエルを簒奪者と詰る事も無かった。ホマエルが止めねばマルケイア王国が消えていたからである。小心者の伯爵・密命を帯びていた男爵はホマエルを国王と認め恭順した。残りの男爵家はホマエルの実母の実家だった。王妃付きの侍女として働いていたホマエルの実母は婚約者がいた。政略的なものであったが仲は悪くなかった。相手は子爵家で後々子爵夫人になるべく王妃付きの侍女として行儀見習いに出ていた時に前国王のお手つきになってしまったのだった。ホマエルの祖父にあたる男爵は国王のお手つきになってしまった娘の未来を思って涙を流したという。早くに病死で母を失い男手一つで育てた可愛い娘だが夫人の心得等分からない事を教えてもらえるように親戚であった侯爵令嬢の侍女となり……そのまま彼女が前国王の王妃になった時も時間の許す限りは、という条件で王妃付き侍女になったのである。それがまさか裏目に出るとは露程も思わずに。  とはいえ、もうどうしようもない事だったが結局側妃達の虐めに耐え切れず病に罹った娘を不幸にした前国王の事を男爵は密かに恨んでいた。だが孫が玉座に就くとは思わなかったためその心情はかなり複雑だろう。複雑だが可愛い娘の遺児のためにホマエルに恭順の意を示した。  こうしてホマエルは滅亡寸前のマルケイア王国の国王となった。近隣諸国やフレーティア王国は内乱である以上何もする事は出来なかった。大陸間法という法には内乱の国から助けを求められた時以外介入不可という一文がある。これは内乱に便乗して他国が乗っ取る事を阻止するための法であった。国のトップに位置する者達が他国に助けを求めて来ない限り手が出せなかったのである。法に引っかからない手助けと言えば逃げてきた国民達を受け入れるくらいのものだった。ちなみにこの大陸間法を破るとそれ相応の罰が与えられると言われている。魔術師が居るフレーティア王国がそれを遵守している以上近隣諸国も遵守しなくてはならない。フレーティア王国は500年以上は続く大国で滅多な事では揺るがない基盤のある彼の国がそのような慎重な対応を取っている以上、大陸間法は守らねばならない法だとどの国も思うしかなかった。  そうして他国は何もする事が出来ないまま収まった内乱。新たな国王は弱冠15歳。主な貴族家もおらず支える力どころか滅亡寸前。そんなマルケイア王国を支援しようと真っ先に名乗りを上げたのはやはりフレーティア王国だった。ホマエルも一応王子であり王妃に育てられたため大陸間法も知っていた。だから内乱に手を差し伸べられなかった近隣諸国を何とも思わない。それはフレーティア王国に対しても。ただ受けられる支援は遠慮なく受け入れる事にした。合理的な判断を下せるホマエルは間違いなく国王に相応しい人物だった。  それから10年。彼は休む暇もなく荒れ果てた国を自らの手で整備していく。当たり前だ。何しろ人手なんて圧倒的に足りないのだから。彼が出来る事をやっていくしかない。そうして10年でなんとか王都が甦った所だった。それでもまだ王都止まりなのだ。如何にマルケイア王国が危なかったのか判る。王都復興と同時にホマエルは気になっていた事を調べた。そちらの結果は国王の位に就いてたった1年で分かった。  マルケイア王国にしかない水の存在である。何処にでも湧いているのではなく、湧く場所は王都を含めて7ヶ所。何故この水が湧くのか分からないし何故他の土地に湧かないのかも知らない。ただ前王妃経由で聞いた所によればフレーティア王国の使者が魔術師を同伴していてその魔術師曰く神聖な水としか言えない。とのことだった。魔術師は信じられないが「神の奇跡だと言われてもおかしくない」と呟いたそうだ。魔術師は神を信じていないらしいがその居るか居ないか不明な神のお陰でマルケイア王国は国力を貯められていた。それは確かだった。だからこそ7ヶ所の水が内乱など無かったかのように王都復興の合間に実際にこんこんと湧いていたのを目にしたホマエルは、これで国が助かると思った。彼も神など信じていないがそれでも枯れていない水を見てしまえば神の奇跡とやらを目の当たりにしている気分だった。  それから10年。王都復興を機に一段落したところへ宰相から進言があった。ちなみに宰相は前国王の密命を帯びていた男爵で財務担当は小心者の伯爵だ。小心者な上に殆ど金の無い国だから懐を温める事など出来ないだろう、という判断だったがこの伯爵は数字に強かったので結果的に良い判断だった。そしてマルケイア王国復興担当兼その他諸々の雑務担当は申し訳ないがホマエルの祖父の息子……つまりホマエルの伯父にやってもらっていた。他の貴族家が悉く無いのだからこの3家も否を唱えている場合ではなかったのである。  その宰相からの進言。それは妃の事。 「そろそろ正妃でも側妃でも公妾でも良いので娶って下さい!」 「はぁ⁉︎ 国の復興の方が先だ!」 「莫迦ですか! 王都の復興だけでも10年かかってるんですよ! 国の復興待ってたらアンタヨボヨボのジジイでしょうが!」 「それを言ったらお前は俺よりも20以上も上だから棺桶に片足を突っ込んでるだろうがっ!」 「そうですよっ! だからその前に結婚しろって言ってんですよ! この莫迦!」 「仮にも国王に向かってバカはないだろう⁉︎」 「アンタ自分で国王って言ってんなら国王の義務を放棄するんじゃないっ!」 「跡継ぎってやつか⁉︎」 「そうですよ! アンタに何かあったら誰がこの国を守るんです⁉︎」 「うっ……それはそうだが……」  ちなみにこの遣り取りは城ではない。王城? そんなものはあの内乱でとっくに壊されている。では何処なのか? 残っていた3家が金をかき集めて建てたちょっとした屋敷である。此処を政治の中枢にしていた。つまり財務担当の伯爵も雑務全般担当の伯父男爵も此処にいる。ついでに言えば彼らの家族も。残った国民達の家の方が寧ろ良い住まいだろう。近隣諸国からの支援金で建てているので。 「というか、こんな国の王のところに誰が嫁に来るっつうんだよ⁉︎」 「それなら安心して下さい。フレーティア王国にコネがあるのでそちら経由で紹介してもらう事になってます」 「はぁ⁉︎ あの大国に頼んだのか⁉︎」 「ええ。大体復興の為の人手の多くはフレーティア王国からの支援です。今更縁談の一つや二つを図々しくお願いしたって何にも言いませんよ」  それはそうかもしれない。フレーティア王国や近隣諸国からの支援金と人手を借りてもまだ圧倒的な人手不足。というか政務が一番滞りがちだ。政務官も派遣してもらったが一国から借りていないため各国で仕事の仕方が違うため逆に時間がかかってしまうのである。多大な支援をしてくれるフレーティア王国であっても政務官だけは人数制限されてしまっているので仕方ない。 「で? フレーティア王国はなんて?」  さすがにあの大国の王女が来るとは思っていない。 「アンジュール・フレーティア第二王女との見合いを持ってきました」 「は? あの大国の王女を?」 「ええ。但し見合いだけだそうです」 「……どういうことだ?」  結婚はさせないって事なら最初から見合いをさせない事も出来るだろう、とホマエルは思う。 「何でもアンジュール王女は育て方を間違えたのか我儘になってしまったそうで。第一王女がとある国の王太子殿下と婚約したので、自分も何処かの国の王太子か国王じゃなければ嫌だとゴネているのを宥めるために申し訳ないが見合いだけしてくれないか? と。その代わり気に入らないと言って断ってくれて構わないそうです」 「なんだそりゃ。我儘王女を宥めるオモチャかよ俺は」 「というよりこちらが断る事で国王から断られる程の我儘王女だとして強制的に修道院へ送りたいらしいです」 「あー厄介払いの都合良い理由付けかぁ」  まぁ断っていいなら、という事でホマエルはフレーティア王国の第二王女との見合いをすることにした。まさか別人が来るとも思わずに……。 *** 「無理ですっ!」 「無理じゃないわよ!」 「何を言っていらっしゃるのですか! アンジュール様!」 「だって私の見合い相手がよりにもよって簒奪者のホマエルなのよ⁉︎」 「ホマエルです! 簒奪者なんて失礼ですよ!」  私は大きく溜め息をつく。アンジュール・フレーティア。ここフレーティア王国の第二王女で何故かフレーティア王家の教育とはかけ離れている人。フレーティア王家は国民の為に王家は存在する、というのが方針なのだがこの方は王家のために国民が存在すると考えている。当然ながら傲慢で我儘。王女の両親である国王陛下と王妃陛下も何故こうなった⁉︎ と頭を抱えていらっしゃる。  ちなみに私は彼女の従姉である。フレーティア王国にあるテーランス公爵家の長女で跡取り娘・レンティーヌ。我がテーランス公爵家は私と妹だけなので長女の私が跡継ぎだ。妹は既にルータリアン侯爵家の嫡男との婚約が調っているが私は跡継ぎのため婚約者探しが難航していた。居ないのではなくフレーティア王国の貴族のバランスを考えての事。一度決まりかけたのだが初顔合わせ直前でお相手が男爵令嬢と恋に落ちてしまったので無くなった。それからなかなか決まらないまま私はそろそろ嫁き遅れの年齢に差し掛かる19歳になってしまった。ちなみに3歳下の妹はこの秋に婚姻式を挙げる予定だ。妹が幸せそうなのが唯一の癒しである。  で。  この母方の従妹様は2歳下なのだがこの度王命でフレーティア王国の東側にあるマルケイア王国の国王陛下のお見合いが決まった。大変めでたい事である。普通ならば。  但しマルケイア王国は10年前まで内乱で大混乱状態だった。それを治めたのが現国王陛下・ホマエル様である。アンジュール殿下が簒奪者と言うがそのような言い方をされる方も中には居る事も知っている。けれどきちんと彼の国について勉強をすれば違う事が解るというのにこのバカ従妹……もとい王女殿下は勉強嫌いで中途半端に知識があるから偏った考えに陥っている。  ホマエル陛下は病気に罹られた前国王陛下の現状を知った途端に王位継承争いを始めた第一から第四王子達とその母である側妃達と彼らを取り込もうとする貴族達が起こした内乱を収めるために悉く血祭りに上げられたのだろう。そうでもしなければ止まらなかったのだろうし止まらなければ国が滅亡していた。早くに決断しなかったのはおそらく迷ったのだろう。自分の兄達を手にかける事を。ギリギリまで迷ったからこそ甚大な被害に陥った。我がフレーティア王国はかなり支援している。フレーティア王国は国民有って王家と国王が居ると考えているのだから、その国王陛下が支援を決めた時点でどれだけホマエル陛下に期待しているか解るというもの。  だと言うのに。  中途半端な知識だけで偏った考えで判断するからお見合いを嫌がるのだ。そして嫌がるだけならば良いが私に代わりに行け、という話になる。どれだけバカ……失礼……な王女殿下なのだろう。 「とにかく無理なものは無理です」  亡きお母様の為にもそしてそのお母様を未だに愛して後妻の話を断り続ける父の為にも私はこのテーランス公爵家を継いで家を維持する。それが私の使命であり望みだ。だから跡継ぎの勉強もしていると言うのにこの阿呆……失礼……王女殿下は何を言い出すのだろう。 「分かったわ」  分かってくれたか。ホッと溜め息をついた私の耳にとんでもない発言が飛び込んできた。 「じゃあレンティーヌがダメならネミルージュにお願いするから」 「はっ⁉︎」  このバカ女、何をバカ言ってんの⁉︎ 「だって私に似た容姿で同年代ってレンティーヌかネミルージュだけしか居ないもの! レンティーヌがダメならネミルージュに行ってもらうしかないじゃない!」 「アンジュールっ! アンタねぇ! ネルに婚約者が居てっ! あと半年後には婚姻式だって分かっててそれを言うってどんだけバカなのっ! いくら王女だからって言って良いことと悪いことあるのよ! 何を考えてんの! この傲慢我儘莫迦娘っ!」  久しぶりに怒りまくった私の声。場所? 王城の第二王女殿下の私室である。外に控えている護衛騎士と侍女に聞こえたのだろう。数名が「王女! 入ります!」と飛び込んで来た。説明を求める視線に「国王陛下と王妃陛下に謁見を申し込みます」と力なく言う。アンジュールの傲慢我儘莫迦ぶりは城内で有名な所為か侍女の1人が即動く。  しかし不敬ではあるなぁ。正論を吐いただけだけど。こんなんでも王族だもんねぇ。一応何某かのお咎めはあるよね……。遠い目になりつつ謁見の申し出が通るのを待っていると部屋の外が騒ついた。ん? 「入るぞアンジュール」 「お父様っ!」 「陛下」  慌てて頭を下げる。謁見の申し出をしたが足をお運び頂くとは思っていなかった。 「良い。レンティーヌ顔を上げよ。何があった?」  許しを得てありのままを話す。自分がアンジュールに吐いた暴言も一言一句間違わずに。陛下が眉を跳ね上げた。……あー。さすがにこんなバカ娘でも娘だもんねぇ。聞き捨てならない暴言だったよねぇ。お父様……ごめんなさい。王族に暴言を吐いた不敬でお咎めありますわ……。 「アンジュール。今のレンティーヌの話に間違いないな?」 「ありませんわ! レンティーヌってば私に傲慢とか我儘とか莫迦とか言いましたのよ?」 「分かった。アンジュール。お前は今日この時より修道院へ送る」 「お父様っ⁉︎」 「お前が傲慢で我儘で莫迦なのは何一つ間違っておらん。散々国王とは王家とは国民の為にあると言い聞かせてきたというのに見合いをしたくないからとレンティーヌに押し付けようとした挙げ句婚姻まで半年のネミルージュに押し付けようとするなら莫迦というより阿呆の行いだ。我がフレーティア王家に相応しくない。修道院へ行きその根性と考えを叩き直せ。もちろん貴族令嬢が行くノゼ修道院なんかではない。ゼルジー修道院だ」  わぁ。国王陛下、まさかの本気だった! ゼルジー修道院って女性の罪人を改心させるために特に厳しい修道院じゃない! 「そんな! なんでですか、お父様!」 「それが分からないならお前は本当にどうしようもないな? 連れて行け」 「お父様っ」  国王陛下はもうアンジュールに一切視線を向けない。陛下……相当辛い決断だろうな。 「陛下……お辛いでしょうに」 「レンティーヌは本当によい娘に育ったな。姉上が生きておられたら自慢していただろう」 「いえ……。それで陛下。私へのお咎めは」 「うむ。それなのだが……」  珍しく国王陛下が口籠る。えっ? 嫌な予感しかしないんですが。 「済まぬレンティーヌ。アンジュールとのお見合いは明日なのだ。見合いだけで良い。代わりに頼む」 「えええ⁉︎」  だが断れない。私へのお咎めであるし何より陛下が頭を下げている。陛下が頭を下げちゃダメでしょう⁉︎ 「頭を上げて下さいませ!」 「引き受けてくれるか! 助かる! 向こうには断って良いと言っておいたからな! 断られる事前提だ! 明日だけだ」  断られる前提って……。えっ? アンジュールの修道院行きは決まっていたこと? そうですか。まぁ確かに見合いをさせると言ったのにアンジュールの修道院行きが早まっていたらマズイですもんね……。 「分かりました」  渋々私が頷けば国王陛下がホッとした表情である。 「済まぬ。その代わり帰国したら婚約者を見つけておこう」  そういう事なら……と私は(断ったのに)アンジュール王女殿下のお見合い、の身代わりへ向かう事になった。押し付けられたようなものだけどまぁ仕方ない。お咎めだし。帰国したら婚約者を見つけてくれるらしいし。 *** 「初めまして。ホマエル国王陛下。拝謁をお許し頂きまして光栄にございます」  ホマエルは外見は美しいな、と一目で思ったがその丁寧な挨拶に唖然とした。傲慢我儘という触れ込みでは無かったか? 「あ、ああ。ようこそ我が国へ。アンジュール王女」 「失礼ながら陛下。先に名乗りをせずに申し訳なく思いますが……改めて。私はテーランス公爵が長女・レンティーヌと申します」 「……どういうことだ?」  人が抑違う事にフレーティア王家の意図を勘繰ってしまう。だがレンティーヌはアッサリと真相を語った。 「というわけで私は王命でアンジュール殿下の身代わりに見合いに参りました。ホマエル国王陛下にはご不快な事とは思いますが本日限りの事ですのでお許し頂きたいと願います。尚、フレーティア国王陛下よりこの詫びとして他の縁談を考える、とのこと。どうぞお怒りを抑えてこの場を収めて頂けますと幸いに存じます」 「フレーティア王家から傲慢で我儘だとは聞いていたがそれほどとは……。ああいや怒ってはいないから大丈夫だ」  ホマエルは真相を聞いて唖然とした。裏を勘繰るのも馬鹿馬鹿しい程の呆れた王女である。とばっちりを食ったこの令嬢が哀れだったので怒っていない、と伝えれば心から安堵したように微笑んでホマエルは見惚れた。 「その……レンティーヌ嬢だったか?」 「はい」 「先程の話だと従妹であるアンジュール王女が見合いをしたくないから代われと言われて断ったら婚約者の居る妹に身代わりを頼むと言われたので怒って不敬な暴言を吐いたとか。暴言に関しては置いといて。其方には婚約者は居らぬのか?」 「私のことをお気遣い頂きましてありがとうございます、陛下。私はテーランス公爵家の長女で跡継ぎ。婿入りを願って探しておりますがフレーティア王国の貴族のバランスというものがありまして。なかなか決まらない状態なのです。もう19歳を迎えましたわ」  あっさりと事情を暴露したレンティーヌ。成る程とホマエルも納得した。 「そうか。大変だな」 「まぁ色々と柵が多いのが貴族ですものね。王家ならば尚のこと。陛下は色々と背負われていらっしゃるのでしょう。お身体は大切になさって下さいませ」 「……ああ」  それからこの奇妙なお見合いは時間いっぱい続いた。他愛ない話をするつもりでついつい国の復興について話してしまう。ホマエルはハッとしたが真剣に聞いた上に出来る対策をレンティーヌは考える。 「陛下。確かに国の復興は大事ですが王都が崩れればそれこそ復興の意味が無いですわ。道を整備するのと同時に下水と上水の整備も行いましょう」 「下水と上水?」  ホマエルが覚えている国内の様子など殆ど荒れ地に復興途中の王都だけできちんと整備された道など知らない。ましてや下水と上水など知るわけが無かった。 「下水とは排泄物を流す先ですわ。上水は飲食用の水。分ける事によりどういった用途で水を使えるか分かります。その分だけ国が綺麗になりますわ。排泄物は土と混ぜれば肥料になります。飲食用の水はそのまま飲めるし土の付いた食べ物を洗えますし。また元々マルケイア王国の化粧品はその水が特殊だと耳にしております。その水にはおそらく力があるのでしょうから水場を整える事で更に力が宿ると思われますわ」 「あ、ああ。神聖な水だとフレーティア王国の魔術師が言っていたそうだ」 「我が国の? 魔術師の名前はお分かりになります? ……ああ、あの方ですの。あの方は魔術師とはいえ属性が土ですから詳しいことは分からなかったのでございましょう。その水はここから近いところにございます?」  ホマエルはキビキビとした口調のレンティーヌに少々呑まれながら屋敷を出て日が落ちる前に、と少し早足でレンティーヌに近い水場へ案内した。 「ああ成る程。此処は水属性の魔術師には良い所ですわ。圧倒的な力が有りますもの。これはどんな事があっても枯れないですわね。おそらくは水に関する自然の力が強い土地なのだと思われます」 「そう、なのか?」 「私は水属性の魔術師ですから。テーランス公爵家に久々に生まれた魔術師だ、なんて言われてますわ。おそらく王族の血を少し引いているからでしょうね」 「あなたも魔術師なのか」 「はい。少しだけお見せしましょうか?」  レンティーヌは許可を取って水に向かって魔法を使う。すると水がレンティーヌの指先に集まり水の渦が出来ていた。 「凄いな。魔法なんて初めて見た」 「その国に生まれた魔術師は基本的にその国を出る事は無いですから魔術師が生まれ難い国では見ないかもしれませんね」 「魔術師は国を出ない?」 「魔術師がその国を出ないのは大抵の場合その国にある自然の魔力が自分に合っているから、ですわ。自然の魔力が合わないと身体に負担がかかります。今、私が魔法を使えたのはこの水自体がかなりの魔力を持っているからですわ。そうでなければ私に負担がかかりますもの」  ホマエルはギョッとした。負担がかかるような事をこの国に来た魔術師にやらせていたかもしれない、と焦る。それに……レンティーヌにも負担がかかるのはなんだか胸が痛んだ。 「済まない。興味本位で」 「構いませんわ。私が使いたいとお願いしたのですもの。陛下。私は陛下より6歳下でしてよ? そのように感情豊かでは他国に付け入られてしまいますわ。今のマルケイア王国は内乱で疲弊しておりますがこの水の力を見るに復興が叶い次第また以前と同じように素晴らしい化粧品が出来る事でしょう。そうしたら国が狙われてしまいますわ」  レンティーヌの発言にホマエルはハッとする。その通りだ。付け入られるわけにはいかない。さすが大国の貴族令嬢は言う事が違う。いや跡継ぎ教育を受けているからだろうか。 「レンティーヌ嬢」 「何か?」 「貴女は……帰国したらまた跡継ぎ教育をされるのか?」 「そうですわ。妹は秋には宰相職を務められている家の嫡男と婚姻します。ですから私は早くに婿入り相手をお願いしないと」 「縁戚から養子を取るとか……」 「有りませんわ。直系の血を引く者が跡継ぎ。これは我がフレーティア王国の高位貴族のみの強力な法ですわ。だから養子となると妹の子か父の兄弟の子……つまり父方の従兄弟から取る事になりますわ。ですが私と言う直系がいますのに養子など必要無いですもの」  そう。そうだ。ホマエルはレンティーヌが最初から跡継ぎだと言っていたのに関わらず、それでもどうしてもレンティーヌと離れたくなかった。一体この気持ちはなんだと言うのか。屋敷へ戻ってきた2人。けれどももう日が落ちてしまいこんな中で帰国するわけにもいかずレンティーヌと護衛や侍女達と共に城代わりにしているこの屋敷に泊まる事になった。明日は早朝出立をする、とレンティーヌはホマエルに告げてある。 「これで私も義理は果たせましたわ。ホマエル陛下に素晴らしい伴侶が見つかります事を願いますわ」 「……ありがとう」 「では失礼致します」  急遽整えられた客間に下がったレンティーヌ。その部屋の閉まったドアの前で少しだけ名残惜しそうに立つホマエル。その姿を遠くから見ていたマルケイア王国の宰相は、この見合いを終わらせるのではなく続行する方向でフレーティア王国と交渉に入ろうと決めた。……レンティーヌがアンジュールの身代わりという事を知っているのはマルケイア王国ではホマエル1人。つまりマルケイア王国の宰相は聞いていた人物像と違う淑女として素晴らしいをホマエルの妻……この国の王妃に相応しいと思ったのである。人が違うとも知らずに。やがてドアの前から離れたくないとでも言いたそうな顔をしながらも国王としての職務を果たすべく仮の執務室に向かってホマエルが歩き出したところまで見守っていた。翌朝レンティーヌは見送りに来たホマエルに微笑んで宰相・財務担当・復興担当の3人の臣下にも頭を下げて挨拶をした。 「フレーティア王国国王陛下よりマルケイア王国国王陛下には先にお伝えしてありますが、改めて。此度は此方の無礼故に必ずホマエル陛下には素晴らしい伴侶をお見つけ致します、とのこと。アンジュール王女殿下ではなく代理として私が来てしまったことは本来ならマルケイア国王陛下を侮辱するのと同じこと。陛下の寛大なお心に感謝して私も全力で良い方が見つかるようフレーティア国王陛下に協力させて頂きますわ。それではご機嫌よう」  最後の挨拶で情報過多な発言をしたレンティーヌが去って行ってから3人の臣下達は我に返った。 「えっ? あのご令嬢はアンジュール王女では無かったのか⁉︎」  宰相が国王に詰め寄る。詰め寄られたホマエルは「ああ」と溜め息混じりに肯定して一連の状況を教えた。 「では彼女は王家の血を引いたお方か」  衝撃的な事実をやり過ごした宰相はホマエルに確認する。億劫そうに頷いてから「公爵家の跡継ぎだそうだ」と投げやりに答えた。もう二度とレンティーヌに会えない。それを理解すれば胸に穴が開いたような心持ちがする。この痛みは亡き母を失った時と同じものだった。たった1日でレンティーヌはあっという間にホマエルの心を奪い去ったのである。  だがホマエルはそれには気づかない。  気付きようがなかった。物心ついた頃には母の違う兄達に虐められ暴力を振るわれていた。なんとか同じように虐められている母だけは守ろうとしても幼子に出来る事など殆ど無いに等しく。母が儚くなってから益々兄達の虐めは酷くなった。王妃に庇ってもらっていたが限度がある。だがそのうち見向きもされなくなったと思ったら王位継承争いが勃発し……ホマエルには国が荒れるとか国民を守らなくてはいけないとか、そんな御大層な大義など無かった。見向きもされなくなったと思ったのに突然思い出したようにある時から毎日命を狙われて。自分の命と母の墓を守るそれだけのために立ち上がった。その後は気付いたら兄を全員手にかけ貴族達を粛正し王妃に認められ自らが国王になっていた。  ーーまるで興味がなかったというのに。  そうして仕方なく国王として国の復興に携わり出した。大国・フレーティアが率先して復興支援をしてくれたから近隣諸国も支援している事くらい気づいていた。  国王として即位した時の即位式で近隣諸国の使者達の顔は恐怖と嘲りだった。恐怖は兄達や貴族達を血祭りに上げたから。嘲りは身分の低い卑しい人間の分際で国王になる事に対して。そんな視線の中でも動揺を悟られる事なくやり切った。そうして10年。国の復興の為に奔走してきた。  妻を迎える事も公妾を迎える事もなく只管に。  そんなホマエルに初恋すら訪れる事など無かったのだからレンティーヌに対する感情など自分でも解るわけが無かった。 「それで陛下はどうするんですか?」 「どう、とは?」 「レンティーヌ嬢ですよ」 「どうにもならない。彼女は公爵家の長女にして嫡子。跡継ぎ。妹御は嫡男に嫁ぐらしいしな」 「じゃあフレーティア王国から改めてどなたか見合い相手をお願いする形で構わないんですね?」 「それは……」  宰相に問われて改めて考える。ホマエルは嫌だ、と素直に思った。レンティーヌと出会ってしまったのに何故他の女性を王妃に迎えなくてはいけないのか、と。王妃に迎えるなら彼女しか居ないのに。 「それは嫌だな。俺が近隣諸国から影で簒奪者とか兄殺しとか血に狂った狂人とか言われているのは知っている。実際即位式に出席した使者達はフレーティア王国からの使者以外は恐怖や嘲りの表情だった。そんな所から王妃は貰いたくないしレンティーヌ嬢は俺が何をして来たのか知っているはずなのに、全く蔑みも嘲りも恐怖も無かった。……そう知っているはずなんだ。あんなに国の復興について話しても真剣に聞いて答えて神聖な水の事も知っている。だから事前情報を得ているのにこの俺に微笑んでくれた」  自分の過去をきちんと知った上であのように美しく優しい微笑みを浮かべる女性がこれから先現れてくれるだろうか。 そう思えばホマエルはどうしてもあの微笑みが欲しかった。彼女が、レンティーヌ・テーランス嬢が欲しいと思ってしまった。この気持ちが恋だと言うならそうなのだと思う。……ホマエル・マルケイア。25歳にして初恋だった。 「宰相」 「なんでしょう?」 「はレンティーヌ嬢が欲しい。彼女しか私の隣には立てない。彼女を王妃とするために骨を折ってくれる気はあるか?」 「私はあなたの臣下です。国王陛下が望むならばそれが国民に害を成さない事である限り叶えるのが臣下の役目です。ーーお任せを」 ***  それからマルケイア王国の復興と同時にフレーティア王国との駆け引きで宰相も財務担当も復興担当も国王自身も色々と大変だったが、お見合いから1年と半年を経てホマエル・マルケイア国王陛下は望みの女性を王妃に迎える事になる。  尚、彼女の代わりに跡継ぎに選ばれたのは彼女の父方の従兄弟であった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

66人が本棚に入れています
本棚に追加