第1話

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第1話

手袋なしでは指先の感覚がなくなるくらい寒い日だった。 一日で最も気温が高くなる時間帯になろうとしているのに、一向に暖かくなりそうにない。 太陽の光はあるものの、冷たい風のせいでずいぶんと頼りない。 だけど、私の心はこの日、希望に満ち溢れていた。明日から始まる新しい生活に心地良い緊張で胸が高鳴っていた。 ────新卒で就職した会社を、3年の区切りで退職したのは、もう少しお給料の良い所へ行きたかったから。それと、あの会社では昇給もキャリアアップも望めなかったからだ。女性である限り。 中途採用は滅多に取らない会社が人材を募集していたことも、競争率の高い中、みごと受かったことは、我ながらラッキーだった。 キャリアチェンジはもちろん、自分の為だ。 私には目標があった。30代のうちに自分だけのマンション()を買うこと。その目標に一歩、近づいた気がしていた。 お給料も待遇も以前の会社よりずっといい。女性の採用率も高く、女性幹部もいる。あくまで形上かもしれないけど、以前よりチャンスがある分、ジェンダーにおいて平等だ。 そんな会社への転職が決まり、翌日に初出勤することになっていた。 明日から忙しくなる。この日はつかの間の休日を楽しむことにしていた。 冷たい空気に身を縮めて歩いていたが、気分はこれ以上ないほど高揚していた。
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