第1話

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同じ窓際の席、少し離れた場所に誰かが座ったのを目の端で捉えた。 セルフのカフェはそれなりに人の出入りがある。特に気にすることでは無かったが、その人の手元にあるのが、私と同じ書店のブックカバーの本だったので、少し目を止めた。それだって、すぐ近くにある大きな本屋のものなのだから珍しいことではないのかもしれない。 ……さっきの人だ。青いスーツの袖口を見てそう思い、ふと顔を向けてしまった。 バチッと目が合って、気まずい。そう思うと同時に、彼はほんの少し口角を上げた表情で目を逸らした。 私もすぐに本へと視線を戻す。 微笑むでもなく、かといって感じ悪く逸らすわけでもく、なんというか、わきまえた人だなと思った。 のんびりと過ごす私と違い、その人はコーヒーを飲む間だけ、本を開いたのだろう。数分で店を出て行った。 このあたりの会社の人なのか。窓越しに彼の背中を見送った。特に何もなかったけれど、彼との偶然を含め、気分の良い時間だった。 読み終わった本を閉じると、バッグへと戻す。トレーを返却すると、店を出た。 ……面白かった。帰ったらもう一度読もう。 あの人も同じ本を読んでいたのだろうか。大して気に止めはしない。なんてことはない、この時ふと心に残っただけの出来事だった。 外へ出ると、一層冷え込んでいた。身を縮め、明日から出勤する勤務先への道のりをもう一度確認して、家路に着いた。
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