福は外! 鬼は内!

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福は外! 鬼は内!

…しかし、山を下りていくうちに酔いも覚めた。そのうち、日も傾いて、いちだんと寒さがましてくると、手足は寒さと疲れで痺れてきた。そして家に着いたときは、まわりはもはや暗くなっていた。 「かかや、息子、すまない。今日のところは勘弁してもらって、明日、あらためてお墓に行くことにする。そのときに、ちゃんとお供えの鬼の面と豆を持って行くからな」  墓のある山に向かって、そう言うと男は家に入った。 「おお、寒い、寒い。体の芯まで冷えている…火をつけて暖まろう」  男は持っていた酒の入った袋を台所の隅においた。そして、コンロに火をつけると、水の入ったヤカンをのせ、両手をかざした。 「暖かい…」  男は毎月、お金が足りなかった。部屋にストーブはあるが光熱費が怖くて、よっぽど寒いとき以外は、つけることはできなかった。だから、こうしてお湯を沸かすとき、冷えた手をかざして、温めるのが常だった。沸かしたお湯でインスタントの食事を終わらせた男は、 「そうそう、鬼の面を探さなくては」  と、おもむろに押し入れを探し始めた。そこには、自宅からこの部屋に移り住むとき、身の回りの衣類や家財道具を詰めこんだダンボール箱が、蓋も開けず、そのまま入れられていた。 「たしか、このあたりにあったはず…おお、これだ! 」  男は、長い袋の横にあったダンバールの箱を開けた。そこには幼い息子の写真や息子が遊んだ玩具が入った紙袋が入っていた。男は紙袋を取り出すと、中から息子が描いて作った小さな鬼の面と使い切れず残った豆を取り出した。 「あった、あった。なつかしいのぉ…」  男は鬼の面と豆を手に取った。 「かかと息子、3人でやった最後の豆まきは昨日のように覚えている。かかと息子は大声で『鬼は外、鬼は外』と鬼の面をつけた私を追いかけて豆を投げてきた。私は、それを大声で笑いながら家中、逃げ回ったものだった…なのに、あの日、私は二人を一度に失ってしまった」  男は鬼の面を強く握ると、天井に向かって叫んだ。 「かかや! 息子や! なんで、ここにいないんだ! 」  突然、胸の奥から、今まで気づかなかった気持ちが湧き上がり、男の声がかすれた。 「私は一人…一人は…」 男の目から涙が溢れ、天井が、かすれて見えた。 「一人は、もう、いやじゃあ!! 」  叫び終わると、男は、大きく肩で息をした。すると近所から 『鬼は~外! 福は~内! 鬼は~外! 福は~内!』  と楽しそうな声が聞こえてきた。急に男の顔が変わった。男は顔を隠すかのように鬼の面をつけると節分の豆を持って玄関に向かい、ドアを開け放った。そして、外に向かって怒鳴った。 「なにが、なにが、福は内じゃ。かかも、息子も、死んで、もういない。福の神は、福の 神は、私を見放したんだ! そんな福の神なんか、福の神なんか、とっとと外に出ていきやがれ!! 」  そう言うと男は豆を持って、思いっきり外に投げた。 「福は外、鬼は内! 福は外、鬼は内!! 福は外、鬼は内!!! 福は外、鬼はウチ…オニはウチィィ…」  言いながら男は玄関に座り込んでしまった。鬼の面の下から、涙が頬を伝わって流れた。 「生きていても、もうなにもない。なにも…」  男は、ゆっくり立ち上がるとドアを閉めた。そして、 「どこかに、ネクタイかロープを巻ける場所はないか」  と、左右に視線を揺らしながら歩いた。
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