予期せぬ訪問客たち

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予期せぬ訪問客たち

 男が見つけた場所に、古いネクタイをかけようとしていたとき、ドアをたたく音がした。 ――トントン―― 「すいません。よばれたのでやってきました」  と、ドア越しに声がする。  男はネクタイをかけようとした手を止めた。 「よばれた? 私に? 」 「どうか、この戸をあけてくだされ」  さらにまた違う声がした。男はネクタイを部屋の隅に置いて首をひねった。というのも、最近、挨拶を交わす人も家を訪ねてくる人もいなかったからである。 「いったい、どこのどちらさまですか? 」  男がドアを開けると、そこには、なんと赤鬼と青鬼が立っていた。 「鬼! 」  男はドアを開けたまま手が止まった。すると、赤鬼が男の手を取って握手をした。 「いや、うれしいわいの」 「えっ、うれしい? 」  赤鬼の横にいた青鬼は男の肩を笑顔でたたきながら相づちを打った。 「ああ! いづこにいっても忌み嫌われて、『鬼は外、鬼は外』と豆を投げられるしまつ。体中、痛うて痛うて…ほんに節分は辛いの…と、こいつとなげえておりましたら、こちらの家から『鬼は内、鬼は内』て…うれしかったなぁ! 」 「おお、おお! はじめ耳を疑いました。けんども、たしかに『鬼は内』と呼ばわれている…こんな珍しいことはない。それじゃあ、せっかくの『およばれ』ということなので、こうして」  青鬼と赤鬼は顔を見合わせると声を合わせて、男に言いました。 「やって来ましたわいな! 」 「すると、あなた達は、節分の鬼ですか?」 「そう、節分の鬼の赤鬼じゃ」 「わしは節分ので青鬼です」 「ならば、青鬼ドン、中に入ろうか」 「おお」 「では、ごめん!」  赤鬼とは青鬼ドアのすき間を押し広げ、草履を脱ぐとストーブのある部屋までドンドン入っていった。 「ちょっと、ちょっと」  あっけにとられた男が我に返って、鬼たちを追いかけた。すると、鬼たちはストーブの前に座り込んでいて、 「ああ、さむい、さむい!」 「ほんに、さむいのう…」  と、小犬のように震えながら、追いかけてきた男をじっと見つめた。 「ああ、すいません」  男は急いでガスの元栓を開けた。 「ちょっと、待ってくださいね。いま、火を入れて、暖めてますから」 男が、ストーブをつけると、鬼たちは深々と頭を下げた。 「かたじけない」 「恩にきます」 そして、鬼たちは安座しながら手を伸ばしてストーブにあたった。 「おお、あったかい」 「ほんに、いきかえるわ」  ストーブに当たる鬼達を見ていた男は 『この部屋に客が来るなんて…初めてかも知れない』 と思い、なんだか無性に鬼たちに何かしてあげたくなった。男は、急いで台所にいった。そして、袋に入っていた酒と、小さなコップを杯の代わりとして、部屋まで持っていった。 「何もご馳走するものはないけど、めずらしく今夜は酒があります。どうです、一杯、お飲みなさるか」  男が言うと、鬼たちは大喜びで 「それは、それは、結構なことじゃ! 」 「いただきまする」  と手を打って、深く頭を下げた。 「杯でなくコップですが…さあ、どうぞ」  男は、用意したコップを鬼たちに渡すと、まず赤鬼に酒をそそいだ。 「おお! ありがたい。ああ…体の芯からあたたまるようじゃ! 」 「それは良かった」  男は、青鬼にも酒をついだ。 「おお…あるある。うまい!」  青鬼は一気に酒を飲んだ。 「おお、良い飲みっぷり、ならばもう一杯」 「いや、次は貴方じゃ」 「そうじゃ、そうじゃ」 「いや、いや、客人はあなた達ですから…」  と、男が鬼たちに酒を勧めていると、またドアをたたく音がした。 ――トントン―― 「どなたですか?」  男が声をかけると、 「『鬼は内』とよんでくれたは、ここか」  とドアのむこうから声がする。すると、 「おお、仲間が来たようじゃ。わしが開けてこよう」  と、青鬼が立ち上がり、ドアをあけにいった。ところが、ドアを開けた青鬼が、 「さあ、はいれ、はいれ」  と言っても、ドアをたたいた青鬼の仲間はすぐに入ってこなかった。 「青鬼ドン、ほんとうに『鬼は内』は、ここか? 」 「ほんとうに、ここじゃ。さあ、さあ、入れ」 「いや! そうやって騙しておいて、後ろから豆を投げるのではないか」 「おいおい、相変わらずじゃのう」  と、部屋にいた赤鬼も立ち上がり、ドアの前にいて、なかなか入ってこない鬼に声をかけた。 「このように、わしも青鬼ドンも酒をいただいておる。ここと言えばここじゃ。さあ、はよ、入ってこい」 「そうじゃ、入れ、入れ」  と、青鬼と赤鬼はドアの前にいた鬼を無理やり部屋に引き入れ、ストーブの前まで連れて座らせた。 「おお、あったかい」  と連れてこられた鬼が手をかざす。すると、男は 「さあ、貴方も、酒をお飲みなされ」  とコップを渡し、酒をそそいだ。 「おお、恐れ入りまする…それでは、いただきます」  酒を注がれた鬼は酒を一気に飲んだ。 「ああ、うまい。ほんに良い酒じゃ…じゃが、」  鬼は、青鬼、赤鬼に向かって、また 「だけど、ほんとうのほんとうに、ここが『鬼は内』じゃろうな」  と言った。男も思わず 「なんと、疑いぶかい鬼じゃのう」 とうなった。すると横にいた赤鬼が答えた。 「なんせ、疑心暗鬼という鬼ですから」 「疑心暗鬼、なるほど…ワハハハハハ!」  男は大声で笑った。男の顔に笑顔が戻ってきた。
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