雪見酒の墓参り

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雪見酒の墓参り

 傘を差して、お寺の上の山道を歩く男がいた。傘には雪が積もっている。男は、このあたりに住む者だった。  この男は最近、眺める…という事が多くなった。 と言っても風光明媚な景勝地や名所を見るのではなく、 朝、忙しそうに勤めに向かう人々、 仲睦まじく歩く夫婦連れ、 母親の足元で戯れる幼き子供など…そういうものを遠巻きに、ただ眺めていた。  というも、二年前、連れ合いと一人息子を亡くしてからというもの、すべてが上手くいかず、昨年、とうとう仕事も暇をだされ、その日暮らしの日々となってしまった。そのうえ、まわりからは『近づくと縁起が悪い』『金の無心をする』などと陰口をたたかれて敬遠され、今では、まったく挨拶を交わす人も家を訪ねてくる人もいなくなった。  こんな男の慰みと言えば、連れ合いと息子の墓参りに行くことだけだった。 「だいぶ雪も降ってきた。積もらぬうちに急いで参ろうか」  と男は足早に歩いた。今日も、いつもとつがって墓前に供える物も持っていたので、いささか足取りも軽く感じた。墓に着くと、墓石に雪が積もっている。 ――サササ、サササ…――  男、墓の雪を払うと手を合わせた。 「かかや、息子や、ひさしゅう来れんで、すまんかったなぁ。今日は、ふんぱつして酒を持ってきた。3人で雪見酒を楽しもうか…」  男は持ってきた袋を開けると、中から酒とコップを取り出し、酒の蓋を開け、コップに注ぐと、その酒を墓石に少しずつかけた。 「どうじゃ、息子よ。うまいか。お前とは大きくなったら、こうやって杯を交わして飲み  たかった…かかは、どうじゃ。うん? そうか、かかは酒を買ってきた、私の懐が心配か…まあ、金が無ければ夕食を抜けばすむこと。この雪を見ていると、どうしても、昔のように、お前と酒を飲みたかったんじゃ。どおれ、私も一杯いただこうか…」  男、コップに口をつけ、残った酒を一気に飲んだ。 「はあ…本当に寒いときは、これが一番。体が中から温まる…おや? どうした二人とも?ああ…そうか…私が『夕食を抜く』と言ったので、私の体が心配か…ハハハ…大丈夫。腹が減ったら買い置きのインスタントラーメンがたっぷりあるから…何、インスタントの食べ過ぎは体に悪いか…そんな体など、壊るるものなら壊れたらよい。生きていても良いことがあるわけでもなし。今の私の願いは、早くお前たちのそばに行くことだけさ」  そう言うと、男はまた酒を飲んだ。そのとき下のお寺から、 「鬼は~、外! 福は~、内!」 「鬼は~、外! 福は~、内!」  というかけ声が聞こえてきた。 「ほお、節分か…まったく気づかんかった。豆まきか…そう言えば昔は私が鬼の面をつけ、三人で豆まきをやったの…二年前なのに、ほんと遠い昔のようじゃ…そうだ! 」  男は手を打った! 「良いことを思いついた。久しぶりに、かかと息子の三人で節分を楽しむため、二人の墓の前で節分をしよう。なにか、ワクワクしてきた。そうと決まれば、急いで戻って、鬼の面と豆を持ちてこよう」  男、急いで山を下りていった。
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