星の海、星の森

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 第三惑星テラと惑星住民が呼称するその最果ての辺境惑星に攻撃知性体の彼が降り立った時点で、彼が最初に行ったのは非ローカルな知性体の存在をスキャンすることだった。      攻撃知性体によるこの惑星の攻撃計画は広くダメルダーフ銀河星系の十六星域に周知されていたので、当然、好奇心本位で訪れる各星系からの観光ビジターたちは、もうとっくに退去を完了しているはずだった。    しかし何事にも例外というものがある。内星系中央政権の決定をリスペクトしない自己本位な行動を好むビジターというのは、どこの星系にも、常に少数は存在するものだ。    テラに降り立った攻撃知性体の彼の外観は、今回の任務に合わせて当地惑星住民のビジュアルに近づけたデザインに成型されている。中性的な端正なマスクに輝度の高いゴールドの髪。髪の長さは惑星住民標準に比べるとかなり長い部類に入る。彼のビジュアルデザインを担当した技術者はあまりその惑星住民標準のビジュアル特性をリスペクトはしなかった。いずれにせよ短期間で熱淘汰される原始住民たちなのだ。そんな彼らの美意識や常識的感性を重視してそこに派遣される攻撃知性体のビジュアルに忠実に反映したところで、時間の浪費意外に、特に得るものは何もあるまい、と。    その程度の所感で、技術者のその彼女は単純に彼女の個人的視点から見て美しいと思えるビジュアル像を作り出した。結果、辺境惑星テラに派遣された攻撃知性体の彼の髪の長さは惑星民標準より相当に長く設定された。また瞳の色も、髪の色に合わせて輝くゴールドに設定された。    感情表現に乏しいニュートラルなマスクの中で、口元だけが、やや彼だけの個性を発揮している。具体的には、「常に自信に満ち溢れたような」、「いささか傲慢な印象を与える」角度に唇の片方がわずかに上に傾斜している。それがフェイスビジュアルのデフォルトとされた。そしてもちろんこの特質も、あくまでクリエイターたる技術者の彼女の好みによって決定されたに過ぎない。    彼の身長体格は、現地惑星民標準より10パーセント程度大きめにサイズがとられた。結果、手足は長めで、惑星的価値観からすれば「スタイルがよい」範疇にデザインが納められた。またデフォルトとして身にまとう衣類は、ジャケットから足元のブーツに至るまで、すべてが輝度をいっさい持たない黒系統で統一された。これはただ単に中央政権の正規軍仕様の汎用戦闘スーツデザインをベースに、細部ディテールに多少の改変を加えた結果だ。機動性と伸縮性に富み、戦闘時には高いレベルの衝撃耐性と対磁・耐熱性を持つ機能性スーツだったが、まあおそらく今回の任務に限ってはそれが本来機能を存分に発揮するような高次の戦闘が現地で展開する展望は限りなくゼロに近かった。現地惑星民と内星系中央との技術力の差は歴然、まずもって、現地惑星住民の認知力はあまりにも原始的なレベルにとどまっており、攻撃を直後にひかえた現時点をもってしても、当惑星外の文明の存在すらもいまだに認知していない。    当然、ここに派遣される攻撃知性体による攻撃は一方的かつ短期間で完了すると高確率で予想され、これといった追加の特殊兵装や非知的クローン支援兵の援用すら考慮はされなかった。  テラのローカル呼称でラ・ロルカ山脈と呼ばれる岩がちな中標高の山岳部の一地点に降り立ち、攻撃知性体の彼はテラの惑星時間に換算して20分間の綿密なスキャンを実施した。惑星の気象条件は、テラの季節で言うところの北球の秋、時刻は午後、水蒸気雲の被覆はほぼゼロ、惑星住民の言葉で「快晴」の範疇の好気象だ。惑星の風が攻撃知性体の金色の髪を巻き上げ、その髪は225/08 の方位にむけて流動軌跡を形成しながら静かに浮動し、そしてまたゆるやかに下降する。   『反応が、ありました』    スキャンがほぼ完了に近づいた時点で、攻撃知性体に対して、彼からみて肩の位置にあるインターフェイスからサウンドメッセージが発信された。   『非惑星知性体の存在周波数を確認。個数は1体。現在地を起点に14/225/232 の座標地点。』 「む。ビジターか。なぜだ。攻撃日時は周知されていたろうに」  彼の唇の端がわずかにゆがめられる。しかめられた眉と合わせたその感情表現は「ばかめ。よけいな手間をかけさせる。」だったが、彼はとくにそれを言語化して発声することはしなかった。 「では、今すぐそこに移動する。」  攻撃知性体の彼は、示されたその座標方向に強い視線を向け、彼の左肩の記章に付属したインターフェイスに向かって声を発した。 『移動を許可します。警告を与えてください。即刻、退避命令を』 「わかっている。」  彼が惑星テラの山塊の表面を蹴り、跳躍移動を開始する。その跳躍速度はテラの惑星住民の標準からすればあまりにも高速であり、仮に付近に惑星住民がいたとしても、その彼の移動行動を視認することはほぼ不可能だったろう。ただそこに、風が立った。そのような表現で、おそらく惑星住民はその移動を表現するに違いない。
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