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3.
翌日の攻撃は予定通り午後に開始され、最初の2時間で大陸都市の20%が焼かれた。惑星住民現地軍の反撃が確認されたのは3時間が経過した直後のタイミングであり、空軍兵器によるその反撃の第一波は、知性体の彼の発した高熱によって一瞬で消滅し無効化された。
「揚力駆動の有人兵器、か。よくもまあ、そんな原始的なガジェットを今でも使っているものだ。情報としては知っていたが… 実際に目視するとその原始性に驚くほかないな。」
戦闘空域の一点で静止する彼のマインドは一瞬だけそのような個人的感慨を抱いた。それをあえてヴォイスとして言語化することはしなかったが。
そのとき彼の感覚センサーが捉える。それは音波に近いものであったが、惑星住民の可聴領域外に設定されていた。その音波の亜種がここに伝えるのは――
「む。音楽?」
彼の意識が、一瞬、戦闘行動への集中を中断し、その不可視の波の解析理解にエネルギーを傾ける。
その波は「ピアノ」の呼称で呼ばれる惑星の原始楽器の、九十近い弦の響きが発するものだ。それを演奏者はオリジナルの単純な音波から、より遠くまで飛ぶ別の波長へと変換し―― しかしそこで表現されているのは、やはりそれは音楽には違いない。
その音が惑星民の脳内に喚起するイメージは――
太古の森林の百億の葉のさざめき。
そして「鯨」と呼ばれた、すでに惑星上では死滅した、かつての大型海洋生物の発する、ある種の歌にもよく似た求愛の声だ。
なんだこれは。なぜこれを、伝えようとする?
理由はおそらく―― あれか。惑星民の心の深層に、望郷の念―― 惑星への帰属意識を、再認識させる―― おそらくそれが――
そしてその時点で、彼の思考が理解を拒む。
ばかめ、と。
彼の唇がその言葉のフォルムをかたちづくった。
じつに原始的アプローチだな。情緒に訴える、だと? 知性体とは思えぬ戦術チョイスだ。なんなんだ、あの、青髪の知性体―― なぜこのような―― じつに稚拙な――
彼の思考は、しかし、その次の言語を、言語の形で確定させることを躊躇した。
なぜなら彼は――
彼の人造思考の深層は――
その、彼女が奏でる音声を。その歌を。心地よい。うつくしい。そして「なつかしい」と――
心ならずも、そのように解釈し、評価をしようと、していたからだ。
しかし知性体としての彼の意識は、その評価を不適当なものとして退ける。
視線を上げた彼は、炎上する南球の第五大陸の都市部がつくる黒煙の渦、そこを超えた不可視の領域に視点を定める。とても強い視点を。
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