星の海、星の森

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4. 「なんだ? おまえはおれを非難しているのか?」  夜の森の地面に降り立った彼は、その音声を彼女に発した。  彼女は楽器を弾いてはいなかった。ただその場所、演奏のための木製椅子の上に座った位置から、斜め上方向に視線をむけていた。そして正確にその先には彼の黄金の瞳があった。 「ずいぶん広く、焼いたのですね?」  彼女の声には、いかなる感情のトーンも含まれていない。とてもニュートラルな、無色の音声を彼にむけて投げかける。 「…それほどでもない。星民居住地全体の28%といったところか。ほぼ計画通りの面積に達しているが―― おれとしては、本来、もう少し上回る数字を期待していた。湿度レベルが、あれだな。おれが事前に受け取っていた分析数値よりもだいぶ高いようだ。チャージした熱量が、意外にはやく水蒸気に取られる。4時間が限度、だな。活動限界。」  彼は小さく笑い、首を動作させて、右の肩にかかっていた金色の髪を背中へと流した。 「だが理解したぞ、おまえの意図を。」 「意図?」 「あるいは戦術、と言うべきか? 歌にのせて、イメージで原始住民の心象を操作しようと。そういうわけか。やつらの行動の変化を促す。無意識のレベルで。」 「……」 「どうした。当たりか?」 「…答える義務は、ありません。」 「む。言われれば、そうだな。確かに義務はない。ん。まあいい。」  彼は直立の姿勢を崩し、森林の地面に直接すわった。数十年の落ち葉がつくる天然の絨毯のその上に。そして彼はその背を、樹齢二百年の樹木の根の部分にあずける。 「これよりおれはスリープに入る。」 「どうぞ、お好きに」 「明日の攻撃に備える。待機姿勢で、熱源をチャージする」 「なぜ、わたくしに向けて説明を…?」 「いや。言ってみただけだ。声帯構造を使ってコミュニケーションをとるのは、おれにとってはこれが初日だ。いささか興味深い。すまない、不必要な発声行動だったな?」 「…いえ――」 「ところでおまえはスリープに移行しないのか?」 「いいえ。わたくしは眠りを必要としません。」 「そうか。よくできた機構だな。このおれのボディよりも――」  その音声を最後に、彼は音声でのコミュニケーションを終了する。  彼は二つの目を深く閉じ、スリープに移行する。  彼の周囲で、かすかな微小な光源が無数に舞い、彼のボディへと、ゆるやかな速度で吸い寄せられるように―― 無数の光源が、音もなく移動をし続ける。彼の黄金の髪が、その光源を吸収し、さらに煌めくゴールドへと変化をし続ける。翌日の攻撃に備え、熱源をチャージ、しているのだと。その単純な事実は、至近の距離でそれを見ている知性体の彼女も当然理解はしていた。しかしその、星の破壊の最終過程の―― この夜の森の光景そのものは――     とても綺麗、と。  ブルーの瞳がつくる彼女の視覚は、そのように認識せざるを得ない。夜の森の一角が、静かな輝きに満ちている。それはもうすでに失われた、この惑星の太古の言葉で―― 「神聖」と。そう表現しても、それにふさわしい光の景色だと。彼女はそのように、認めざるを得なかった。心ならずも。  その美しきひとりの破壊者が、夜の森の底、神々しい光に包まれ、無垢なる寝顔を浮かべて―― そこに静かに、とどまっている。まるで数億年の昔より、その彼はこの神々の森の自然な一部を成してきたのだと―― まるでそのように、見る者に伝えるかのように。
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