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5.
二日目の破壊で、大陸の街の六割が失われた。
燃え盛る北球の首都圏の煙をはるか遠景に置き去りにして、
帰還した彼が森の底で目にしたのは、そこでひとり涙を流す彼女の姿だった。
光る水滴が彼女の両目から流れ落ち、休みなく鍵盤の上をいまも移動し続ける彼女の細い指の間で砕けては散り消える。
「ほう? 涙。その涙には、いったいどういう意図がある?」
彼がそばまで歩み寄り、弾く手を止めない彼女の肩越しに、質問の音声を投げかけた。
「あなたは、あまりにも、壊しすぎます。」
彼女が静かに、言葉を返した。深いブルーの瞳の上に、新たな涙が盛り上がる。
「あなたが焼いたあの森は―― 数百年にわたって、ずっと、この星の人たちの、心の、ふるさと、だったのですよ?」
「森。あれは派生的なものだ。ターゲットはその北縁の都市部。そしてむしろ、あそこを焼いたのはおれではなく惑星民側だ。まさかあの保護区の付近で、核熱兵器を使用するとは。おれも予想はしていなかった」
「嘘です。予想は、できたでしょう。」
「嘘。その概念は新鮮だ。おれの故郷の知性体には、そのような概念は存在しない。嘘、などというものを、使用する意味がないからな。またその価値もない。おまえはあれだな。知性体としては―― やはりどうも、われわれの――」
「あなたは価値を知らなさすぎます。壊すことの、その簡単さに比べて――」
「森林再生か? 200年もあれば完了するだろう。存外、植物体は放射性熱源に強い。破壊後200年などすぐだ。再生上の問題は特にない。だが、そもそもあの森は、再生に値するほど星系レベルで価値を持つものとは――」
しかし彼はその言葉を最後までは完了しない。彼女がそれを―― 聴くことを拒否していると。そのように彼は判断したからだ。誰にも聴かれない音声を、ヴォイスとして発声する意味はない。そのような判断に基づいて、彼はそのフレーズを終わりまで言わずに中断した。
そしてほどなく、また、昨日と同じように、昨夜と同じ姿勢で、スリープへと移行する。光がふたたび彼に集まる。彼の金色の髪が、夜の森の中で輝く。
その光り輝く森で―― 今夜も楽器は、止むことはない。
彼女の涙は、今はもう、止まっている。彼女は今は、泣いてはいない。
金色の光に包まれた、その深い森の奥底で――
彼女は音を。星の歌を。いまも遠くに。この燃え行く星の隅々へと。
彼女は眠らず、歌を届けた。
どうか。どうか。
聴いてください。人々よ。
あなたたちの、この、美しい星は今――
彼女の歌は―― やがて破壊の三日目の朝がきて――
その美しき金色の光が深い朝靄のなかでしずかに消えてゆく――
その時間になっても。
彼女は歌を、やめることはない。
いつまでも。いつまでも。
彼女はここで、音を奏でて。
届けて。いたいと。いつまでも。この、彼女の愛するこの星の、
すべての人々に、この歌を、届けて――
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