No. 1101 「trigger」

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「まあ、キスしてきたのはそっちだけど。」 やっぱり私じゃんっ…!!! 「本当にごめんなさい。」 「いいよ、酔っ払いだし。」 酔っ払いは言い訳になるのか? やはり樹の脳内が読めなくて落ち着け、と自分に言い聞かせる。 「それで…私、他に何か変なこと言ったりしなかった?」 「別に?何も。」 「そ、そっか。」 好きだとか口走ってなかったならまだセーフなのかな。こうなってしまった以上、彼に伝えることはできないからこの気持ちは気づかれないままでいい。 「俺もごめん。一応同意は得たけど、酔っ払いに手出した。」 「あ、それは…元はと言えば私が悪いので大丈夫、です。」 むしろ覚えてない私が憎い。せめて一場面だけでも覚えておきたかった、と一人ゲスい後悔をしていたら、雑誌から顔を上げた彼にじっと見つめられた。 「俺もひとつだけ聞きたいんだけどさ、」 「何?」 「俺のこと好きって本当?」 本当です。………って待って? 何で知ってる?まさか、やっぱり喋っちゃった!? なんて答えたら良いのか分からなくて固まっていたら、膝の上に置いていた手に彼の手が重なった。 「もしかして…私が言った?」 「うん。ヤッてる時に樹好きって何回も言ってた。」 佐倉美緒終了のお知らせ。 また月曜日から毎日顔を合わす同期とワンナイトラブの上、失恋までしてしまうなんて、この先どうやって生きていけば良いのだ。 恥ずかしくて俯いていたら美緒?と呼ばれた。 もうこうなったらとことん砕けてやる。 せっかく昇進したのに転職覚悟で顔を上げて樹の目を見つめた。 「好き。樹のこと、入社した時から好きだった。…でもごめん、忘れて。」 「なんで?」 「なんでって、気まずいでしょ。会社でも今まで通りでいいから。」 「俺も美緒のこと好きだけど。」 「は?」 「俺も、入社した時から美緒のこと好きだった。」 は? 夢か?と樹の顔を見つめたまま頬をつねってみるけど痛い。 次いでこの状況にふつふつと笑いが込み上げてきて、堪えきれなくなり吹き出した。 「…何で笑うんだよ。」 「いや、なんか…転職覚悟だったもんで。」 「昇進したばっかなのに?」 「だって、順番違うし…」 「そんなのただのきっかけじゃん。で、付き合う?俺ら。」 「…うん。」 「何だこれ。」 変な会話に二人で顔を合わせて笑って触れていた手を握る。 「なんだ、もっと早く好きって言えばよかった。すんごい遠回りしちゃった。」 「俺も言おうと思ったよ。でも別のやつと付き合うとか言うし…」 「だって樹はくるみちゃんのこと好きだと思ってたんだもん。」 「一番苦手なタイプだよ。」 正直な答えにまた笑って、ふと空気が変わったと思ったらキスをされた。 「昨日、覚えてないならもっかいする?」 「えっ!?」 「なんか悔しい。」 「……うん。私も。」 ニヤッと笑った彼に先程よりもヤラシイ口づけをされて心臓の音が速くなる。 ゆっくりと押し倒されて頬を撫でられる。 ずっと独り占めしたかったその瞳から目を逸らせなくて覗き込んでいたら、あ、と彼が声を上げた。 「ゴム昨日使い切ったから無い。」 「…買いに行こ。」 「美緒は待ってて。」 「私も行く。」 「じゃあ…行こ。」 手を引かれて起き上がり、乱れた髪を直しながら借りた靴を履く。 鍵を閉める樹の横顔を眺めていたらちょうど隣の部屋の住人が鍵を開けていた。 綺麗な顔をした男の人だなあ、とぼんやり見ていたら、ん、と手を差し出された。 照れと嬉しさを隠すようにその手を握ってエレベーターに二人乗り込んだ。 . いずれ一つの思い出話。
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