第1話……丘の上に

2/6
前へ
/575ページ
次へ
丘の上に(2) 「こんにちは─────!」 夕方とはいえまだ明るい日差しの中、玄関に元気な声が響いた。 この声は比呂(ひろ)くん。 説明はおいおいするとして、田代雄二くんと比呂くん夫夫(ふうふ)は仲のいい番。 うちの会社に勤めてくれてる。 「入っといで──────!」 俺が大声で返事をすると、しばらくして二人が入って来た。 うちの子達も二人に群がる。 「ごめんね、急に呼んで」 「いえ、ご自宅もお引っ越し完了したんですね。おめでとうございます。左手大丈夫でしたか?」 「うん、大丈夫。こっちこそごめんね、仕事頼んじゃって」 「いえ、別に用事なかったし。引っ越しの手伝いが出来なくて申し訳なかったですけど」 「いや、仕事頼んだ上に引っ越しまで手伝わせるわけないじゃん。とりあえず座って、引っ越し祝い兼ねてみんなで夕飯食べよう!」 手ぶらでおいでと言ったのに、律儀にチーズの盛り合わせとワインを持って来てくれた。 ちゃんとワインのコルク抜きもね。 冷蔵庫からビールやジュース。 それから戸棚に入れた紙皿と紙コップ、プラコップと割り箸を、大きなトレイに載せてリビングへと持って来てくれた悠斗(はると)くん。 今日は洗い物が出ないように、全部使い捨て出来るように食器も箸も出さない。 とにかく俺に色々面倒が集中しないような気遣いを、これでもかとしてくれる。 「俺も手伝うよ」 キッチンの……リビングからは死角になるところで呟くと、両手で包み込むようにハグされて、はむっと唇を奪われた。 「う、むっ……、んんんぅ」 はあっ、と息を吐いたら、うっとりするような男前が、俺の唇との間に銀の糸をひいている。 なんともイヤらしい。 「ありがとうございます。もう終わりですから」 にぃ─────っこりと()まれてしまった。 こういう時の悠斗(はると)くんは、結構頑固。 本当に何もさせてくれない。 家が出来たのが二週間前。 それからオフィスを先に引っ越した。 家具家電は全て新しく購入したから、この二週間の間に順次配達して貰った。 マンションもとりあえずすぐ売るとかでもないから、そのままにしてある。 今日はマンションから持ち出した私物を搬入して、今日から本格的に住み始める。 子供達は子供部屋を気に入ってくれるだろうか。 明日から新しい学校や幼稚園だけど、親の方が不安しかない。 本来なら夏休みの間に、引っ越し完了していたはずだった。 それが色々と修正があり、着工自体遅れたのが最たる原因で、完成が必然的に遅れてしまった。 まあ、妥協するより納得の家が建ったから、それはそれでいいのかな。 幼稚園生はともかく、小学2年の龍には学期途中に転校は申し訳なかったのだけど、龍の同級生らからは、最後の別れがゆっくり出来たからと喜ばれた。 9月に入り、毎日のようにお別れの記念の品を持ち帰って来た龍。 同性の友情の証なるものや、同級生の女子からの手紙や別れのプレゼント。 もちろん上級生女子からも、熱烈な想いを一方的に持たされて帰って来ることも。 モテモテぶりに呆れる。
/575ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3799人が本棚に入れています
本棚に追加