大嫌いなのは自分か、名前か。

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 げ、やぶ蛇だった。と舌を出して不愉快そうに呟く姉だが、その顔に余裕が残っており、この会話すら楽しんでいる様子だ。  どんなときでも笑っていられるのか雨子にとっては積年の疑問であり、羨ましくもあった。 「さぁて、そろそろ出ないと仕事に遅れるわ。行ってきまーす」 「私も。学校に遅刻する。行ってきます」  そそくさと姉妹揃って席を立つ。押し込んだパンの味などしない。流し込んだオレンジジュースの味だけが舌に残った。  待ちなさいという母親の声を無視して二人で玄関まで来ると、靴を履く。そのまま扉を開ければ曇天の元で、姉が何食わぬ顔で立てかけられていた雨子の傘を握った。 「ちょっと晴子お姉ちゃん、それ私の」 「そうだっけ? でも私の傘、会社に忘れてきたんだよねぇ、貸してよ」  当然のような態度の姉に、頭が痛くなりつつも断ると首を横に振る。六月に入り雨が降らない日の方が少ないのに傘を持っていかない馬鹿がどこにいるのか。  空も今にも雨を落としてきそうな気配を漂わせている。  拒否しているのに晴子はやはり快活に笑った。 「いーでしょ! スーツ濡れたら大変なのよね。ぐしょぐしょのまま仕事なんて気分最悪でしょ?」 「……それは」 「雨子はまだ学生で楽なんだから。ちょっとは我慢して、お姉ちゃんに、ちょうだい」  にっこりと訳の分からない持論を早口でぶつけてくる。  そうすれば気の弱い雨子が諦めて譲るのを心得ているのだ。思惑通り雨子は何も言えず黙り込んだ。  どう反撃しようが姉が引いてくれることはないと知っている。諦めにも似た感情を持て余し息をついた。  晴子、と後ろから母親の声がした。  まだ怒りに顔を赤く染めているところを見ると、見送りではなく叱責の続きを言い来たらしい。執念深さに雨子は頭が痛くなった。 「全くなんでお父さんは、こんな名前にしたのかしら。名は体を表すというけれど。もう、晴子も雨子も困ったものね」  ふぅとわざとらしく大きなため息をついた母は、まず姉を鋭く睨み付ける。次に続く母の話を容易に想像出来て、雨子はしまったと顔を歪めた。  さっさと学校に行くべきだったと後悔しても遅い、母は怒気をにじませて責めた。
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