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「晴子、あんたはね、名前の通り明るい。明るすぎるのよ、もう少し落ち着いて、親の言うことを聞きなさい。我が侭ばっかりで、お母さんを困らせないで。そんなんだと周りの人間が離れていくわよ。」
「はーい」
「雨子、あんたはね、名前の通り暗すぎるわ。もう少しお姉ちゃんを見習いなさい。うじうじと悩んで黙り込んで……そんなんだからあんたは駄目なのよ。押しに弱くていつもムスっとした顔で不機嫌そうに、お母さん見ていてイラッとするの」
「……わかったよ、ごめんね母さん」
母親の口癖だった。
もう数え切れない程言われ続けた台詞は耳に残り、記憶に刻まれ、心に抜けない棘を深く植え付けられている。
雨子は自身の名前が大嫌いだ。
うじうじと陰鬱とした自身の性格は、雨そのものだ。名前など関係ない、性格は自分のせいだと分かっているのだが、この名前をつけた母親に詰られると責任転嫁してしまう。
つけた本人である母親がそれをネタに怒る度に名前と性格の引け目を感じているところを刺激されて気分を大きく下げていく。
雨子という名前はコンプレックスの象徴のようなものだ。
言われれば言われる程、言霊のように縛り付けてネガティブさに、より磨きがかかっていく。それを母親が指摘してまた落ち込む。
負の連鎖ができあがった。晴子と名付けられた姉の快活な性格を見てまた苦しくなる。
羨ましい、私だって晴子って名前がよかった。
ないものねだりを随分昔から抱いていた。
姉のように何事も楽しそうに自分の意見をはっきり言えたら、どんなに良かっただろうか。
きっと世界は輝き人生は明るく眩しいものだっただろう。
梅雨の空模様のように、どんよりと暗く、道も暗闇に飲まれている雨子の世界とは全く異なるもののはずだ。
家族なのに明確に晴子と雨子の間には壁があった。絶対乗り越えられない高くて分厚い壁が。
まだ何か続けようとする母親と、楽しげな姉に挟まれることに限界を感じ、雨子はたまらず走り出した。
「雨子!」
どちらかが名前を呼ぶが振り返るつもりはない。傘など、もうどうでもよくなっていた。
通学鞄を爪を立てるように握りしめて、逃げる為に学校へと急いだ。
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