30話 幽霊談義『霊感は移るのか?』

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 前置きがかなり長くなってしまったが、私と坂本の会話に戻ろう。 「なぁ坂本、霊感って移るの?」 「何だよ今更?」 ある日、ふと気になって尋ねた。坂本と出会ってからというもの、ことあるごとに「俺の近くにいると怖い体験するぞ」「霊感が移るぞ」と言われてきた。暇だったのだろう、その真偽の程が急に気になったのだ。 「いや、ふと気になって。」 私がそういうと、坂本は読んでいた本を閉じてこちらに向き直った。 「あくまで俺の考えだけど、日本語的な解釈だけで言うと霊感がことはない。」 「日本語的な解釈?」 「『霊感が移る』っていうのを文字にしたとき、『移る』って移動の『移』の字を使うことが多いだろ?」 「そうだな。」 「でもその表記だと、文字の意味的に霊感がその人から別の人に移動してしまうって意味だ。俺とお前で言うなら、俺の霊感がお前に移動するってわけだよ。」 坂本のその饒舌な説明に、私は違和感を覚えた。 「何となくわかったろ?俺の霊感がお前に移動するのであれば、俺の霊感は減るかなくなるかしないとおかしいわけだ。だから言葉の意味だけで捉えるなら、『霊感が移る』っていうのは間違いだと俺は思ってる。」 「すごく納得いったけど、でもお前は俺にしょっちゅう『霊感が移る』って言うよな?」 「あくまでも一般的な言い回しを使ってるだけだよ。」 そう言って彼は棚をゴソゴソとあさり、ノートとペンを引っ張り出して何か書き始めた。 「当て字にはなっちゃうけどさ、俺の中での『霊感がうつる』ってのは、こういう表記が正しいと思うんだ。」 こちらに向けて広げられたノートには『霊感が伝染(うつ)る』と書かれていた。 「これだとわかりやすいだろ?霊感が強い人の霊感に当てられて同じ経験をしたり、普段は視えたり聴こえたり感じたりしないものを共感するようになるんだよ。それを一般的な言い回しで『霊感が移る』って言ってるだけ。」 「めちゃくちゃわかりやすかったわ!ありがとな。」 「風邪みたいなもんだよな。風邪は人にうつせば治るって迷信があるけど、そんなことないだろ?そんな迷信ができたのも『風邪は移せば治る』っていう表記だったんじゃないかな。風邪のウイルスを人に移した・移動させたから治った、みたいな。」 「だな。風邪の場合は表記は『伝染(うつ)せば』ってより『感染(うつ)せば』って字の方がしっくりくるけどな。」 「わかるわかる。で、これも霊感と同じだよな。人に『伝染(うつ)した』からって、自分の中のウイルスが減るわけでもないし、治るわけでもない。そのへんはお前の方が詳しいだろ?」 「1回調べたことあるよ。風邪って発症から回復まで大体3日ぐらいかかるから、その期間に誰かに接触したら、自分が治る頃にその人が発症する。だから人に伝染(うつ)して治ったように見えるんだとさ。」 「相変わらず無駄な知識だけはすごいな。」 「その言葉、そっくりそのままお前に返すよ。」 「俺の場合はオカルト的な知識だけだから。」 「なおさらだろ。」  我々のくすんだ青春の時間は、それこそ『無駄』に費やされていたのだった。
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