ある医者の功罪

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「いやー、先生のお陰でまた数年長生きできますよ。本当にありがとうございます」  高齢に見える男性は笑顔で診察室を出ていった。  杖も使わず、腰もしっかりと伸びてスタスタと歩いている。  彼は先日私が手術を行った患者だ。手術はうまくいったので、彼は後五年は元気でいるはずだ。今回の手術で、彼の目標であった一五〇歳(・・・・)まで生きることは間違いなく達成できるだろう。そう、彼は今年、一四八歳になる。  私が考案した拒絶反応を無くし、移植した後に自然に血管や神経が繋がっていくようになる薬液と術式で、誰の臓器であっても安全に移植できるようになった。筋肉も血管も含めて、脳以外なら何でも移植できる。  そしてそれは、世の中を変えてしまった。  今の日本は貧富の差が激しくなり、富裕層と貧困層の格差は王様と奴隷のようになっていた。  富裕層はその財力にモノを言わせて、僕の手術で永遠とも言える寿命を手に入れた。  貧困層は富裕層の需要に甘え、自分たちの子供を臓器移植の材料として売りに出すため、子作りが仕事になっていた。  僕は、少しでも人のためになる医療を……そのために研究に勤しんだ。  病気の苦しみから人を解放することはできたのかもしれない。  だけど、人の心を壊してしまった。富裕層も貧困層も、命のために心を無くしてしまった。  こんなはずじゃなかった……  僕は……  僕は……  次の患者を呼び込むまでのわずかな時間、元は他人のものだった僕の目から一筋の涙が溢れ出た。
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