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2.ヴァンティエール・ガウル・ジ・ゴルファイズ
僕、東大卒の36歳無職の不破裕伊は一度死亡し、魔王の息子「ヴァンティエール・ガウル・ジ・ゴルファイズ」として生まれ変わった。
前世の記憶を持ったまま。
それから僕は言葉を普通の子供より早く喋りだし、普通の子供より早く歩き出し、普通の子供より聞き分けがいい子に育った。
自称だけどね!
何せ僕は前世では結構頭の良い方だったのだが、戦場が数多くある住人がほぼ全員が脳筋である魔界で生まれた。
なので僕は魔界の人たちの知らないことまでスラスラ答え、新しい技術を教えたりしていた。
さぁ!そこで僕は魔王の息子として沢山の人々から崇拝され、楽しく毎日を送っていた…訳ではなかった。
なぜなら、コミュ症は転生しても治らず、ウラで「没落者」と呼ばれる落ちこぼれになってしまったからだ。
なんか悔しい。
父と母はそんな僕を思い、笑って沢山話しかけてくれたりしたので、なんとか父と母とは喋ることができるようになっていた。
そんな中、僕に妹が生まれた。
名前はリンファエーラ。
世間では彼女が次期魔王にふさわしいと言われている。
悔しくなどはないが、敢えて言うなら寂しい。
父も母も妹につきっきりだし、世話をしてくれているメイドさんも僕に対してはあたりがきついからだ。
冷遇される中、僕は一人で父から貰った剣で素振りをしたり、魔法を練習したりしていた。
そして前世の記憶を使い、腕立て伏せや腹筋や柔軟などもやっていた。
おかげでみんなが思っているよりは上達できた。
父にはまだ追いつけないけど。
魔法は結構簡単だった。
今までは詠唱を唱えると使えるというシステムだったのだが、僕は使いたい魔法の様を頭に思い浮かべることで使えるようになることを発見した。
水なら水。炎なら炎。
まぁ、誰にも言ってないけどね!
目立ちたくないし。
そんな日々が続いたある日であった。
誕生日で6歳になる僕は顔を隠しながらある物を買いに行こうと街に出ていたとき、ある噂が聞こえた。
「魔王様が時期魔王をお決めにななられたぞ!」
「おお!やっぱりリンファエーラ様か?」
僕もそんなことだろうと思った。
もうそろそろ父も引退する頃だ。
それに、正義感が強いリンファエーラ、僕はリンファと呼んでいるが、彼女なら立派な魔王になれそうだ。
「いや、ヴァンティエール様だ。」
僕の足が止まった。
今、なんて言った?
みんなも同じ反応をしていた。
「え、なんでだ?」
「さぁ?」
「あの没落者が次期魔王だと?!」
おお、言われてる言われてる。
何年間も「没落者」と呼ばれ続けていたので、こういう悪口には慣れてしまった。
慣れって怖い。
現実逃避している僕は我に返ると、関係なしとばかりにそそくさと立ち去り、目当てのものを買いに行く。
まぁ悪口はいいとして僕が買いたいものとは、
所謂「魔法の杖」だ。
魔法の杖と言っても転生者なら誰でも知っている某世界的映画シリーズに出てくる様な無骨なものではなく、装飾が施された美麗なものが多い。
僕は「魔法の杖」、(この世界では単に「杖」または「スタッフ」、「ワンド」と呼ばれる)を売っている魔法関連の物専門店を眺める。
「う〜〜〜ん……。」
どうしよう。決められない。
長い杖でもいいんだよなぁ…。
でも長いとかさばるし…。
やっぱり短い杖にしようかな!
でも、長い杖にも魅力を感じる…!
がぁぁぁぁぁ!決められない!無理っ、全部かっこよすぎる!
きれいな宝石がついていたり、美しい形状の杖が多すぎる!
あれもいい、これもいい!
衣服店に行ったときのお姉さんのような気分になる!
僕は自分の誕生日でパーティーも開かれないから、ご褒美として買おうと思っていたのに…。これじゃ、決められないよ…。
その時だった。
「なにかお探しかい?坊っちゃん。」
と急にヤギのような角が生えたおばさん店主に話しかけられた。
びぐう!
と大袈裟に驚く僕。
やばい、やばい!喋ることができないのに!
焦った僕は取り敢えず魔法の杖の指差す。
これを探しています、と言うように。
「ほぉ、魔法の杖かい。坊っちゃん、金あんのかい?これは高いぞお。」
僕は軽くうなずき、懐から沢山の金貨が入った袋を取り出す。
ヒュー。とその袋の大きさに口笛を吹くおばさん。
「いや…。これは参った。悪かったねぇ坊っちゃん。お前が持ってる金ならここにあるもの全て買えるぞ。」
と笑いながら頭をかくおばさん。
何故か謝られたけど、いい人だ。
僕は照れたように笑う。
「うーん…。そうだねぇ…。おっ、これがいいんじゃないか?金貨10枚だから、結構な代物だぞ。」
と物色し、店の奥まで行き、戻ってきつつ渡してきたのは長い方の杖だ。先っぽに綺麗なダイヤの形の青い宝石がついている。
僕はそれを握る。
おお、何かしっくり来るっていうかなんていうか。
うまく言えないけど、これいいかも!
僕はそれを両手で握ると金貨を10枚取り出す。
それを店主の手に乗せる。
「毎度ありぃ!」
僕は深々とお辞儀すると去っていく。ルンルン気分の僕は先程の僕への悪口など忘れていた。
しかし、その帰り道。
それは起こった。
「あれは…父様…。」
父が激怒の表情で誰かを見下ろしている。
その跪いている人は僕の悪口を言っていた男共であった。
「ヴァンティの悪口を言っていたそうだな。」
と低い声で呟いた。
「そ、それは…ヴァ、ヴァンティエール様のこ、個性といいますか…。それについて話していただけであって…。」
言い訳をつらつらと述べる一人の男。
「ヴァンティがどれだけ辛い思いをしているのか分からないのか。」
口調は淡々としているがその中に怒気が見え隠れしている。
男共は緊張と恐怖に彩られた表情で俯き、何も言わない。
いや、言えないのか。
「分からないのか、と言っているのだ!」
突然の魔王の大声にさらに恐怖に彩られた男達。
声が出せないほどの恐怖。
父は怒りが最頂点まで増したのか、拳に炎を纏わせる。
やばい…。死んじゃう!
僕はそう直感し、その男と父の間に割り込む。
「だめ!」
僕は叫びながら立ちふさがる。
父は驚きの表情を浮かべる。
「ヴァンティ?!」
僕は首を横に振りつつ、片言に言う。
「だめ!魔王が民を殺す、だめ!」
と。
辿々しすぎて我ながら恥ずかしい。
「しかし、ヴァンティ!こやつらは無礼にもお前を侮辱していたのだぞ!」
未だに拳に炎を纏わせている父に僕は叫ぶ。
「僕、こんなの望まない!」
必死に訴える僕に父はようやく片手を下ろす。
「今度この子の悪口言ったりでもしたら次こそ許さんぞ。」
と吐き捨てると、僕の背に軽く触れる。
「さあ、行くぞ。ヴァンティ。」
「う…ん…。」
僕は杖を両手で握りしめながら頷く。
「ほう、いい杖ではないか。似合うぞ。」
「そ…う?」
「あぁ!」
先程の威厳がきれいさっぱり無くなり、父親の顔になった魔王に民達は恐怖と驚きの混ざった表情をしていることに彼らは気づいていない。
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