16人が本棚に入れています
本棚に追加
「何やってんだよ、ヒロノリ。乗り遅れるぞ!」
親友のノブオに呼び戻され、僕は曖昧な返事をする。
「あ、あぁ……」
真っ赤な口紅に、真っ赤なコート。派手な身なりで闊歩する女性の横顔に見覚えがあり、すれ違い様に振り返る。頭頂部をバーコード状にハゲ散らかしたオッサンに腕を絡めて微笑む人、あれは━━。
━━違う。ミカちゃんなんかじゃない。
きっと、見間違えたのだろう。
小学四年生の夏休み以来、ミカちゃんとは七年間も会っていないのだ。互いの印象も、ひと目では分からないくらいに変わってしまっているに違いない。あれは、昔のミカちゃんに少しだけ面影が似ている他人に違いない。
「ヒロノリ、マジで電車出ちゃうって。門限に間に合わないよ!」
泣き出しそうな顔をしながら、ノブオが手招きをする。
「あ、あぁ……ゴメン、走るぞ!」
足踏みするノブオに追いつくと、肩を叩いて安心させた。同い年だけれど小柄で童顔なノブオは、弟のような存在だ。僕は一人っ子であるにも関わらず、何かと頼ってくる彼に対しては自然と兄のように振る舞うようになっていた。
『ヒロちゃんは、何になりたいの?』
ミカちゃんに似た人を見かけたからだろうか。僕は、小学四年生の夏休みを思い出していた。確か、ミカちゃんにも兄弟がいなかった。あの時の彼女も、慕ってくる僕を弟のように可愛いと思ってくれていたのだろうか。
*
中学生になった僕は念願だった野球部員になれたものの、一度もレギュラーに昇格することなく活動を終えた。選手になる夢を諦めた不甲斐なさをぶつけるべく、そのエネルギーを勉強へと費やした結果、全寮制の高等専門学校への進学を果たし、親元を離れるというもう一つの夢を叶えることができたのだ。
従姉のミカちゃんとの音信が途絶えたまま、僕は十七歳になっていた。授業についていくことは大変だったけれど、学校生活を苦痛に感じたことは一度たりともなかった。話の通じない親元にとどまることを思えば、何ごとも楽しく思えた。
月に一度、同部屋の寮生であるノブオと共に町へ繰り出し、適度に息抜きをすることも楽しみの一つだった。繁華街へは、電車一本でたどり着ける。その町ではミカちゃんが何やらいかがわしい職に就いて働いていると風の便りに聞いたけれど。親類縁者を巡り巡ってやってくる毎度の根も葉もない噂だと、僕は気にもとめていなかった。
それに、中学生の頃に書いた手紙の返信が途切れて以来、僕からミカちゃんのことを詮索してはいけないような気がしていたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!