episode 01 夏休み【十歳】

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 夏休みを迎えるたびに、僕は父方の祖母に預けられていた。専業主婦の母は嫁いで以来一度も勤めに出たことはなく、僕は鍵っ子だったわけでもない。それなのに、丸四十日もの間、母が僕を手放した理由。それは━━子どもが苦手だという勝手な性分、それに尽きた。  さらに付け加えるなら、母と父方の祖母は、折り合いも良くなかった。季節ごとの挨拶や進物の贈り合いを嫌い、冠婚葬祭の類いも不参加を貫く母は、代わりに『夏休みに孫を差し出す』というイベントで祖母の顔を立てようとしていた。  けれど、この母の目論見は全くの逆効果だった。父方の祖母も、母同様に子どもの僕に興味などなく━━平たくいえば、嫌っていた。  それでも、年の近い従兄弟たちが存在したなら、まだ僕は救われたかもしれない。悲しいことに、父はいわゆる『恥かきっ子』と言われる存在で、一回り以上年上の兄姉(僕にとっては伯父伯母)の子どもたち(僕にとっては従兄弟たち)は皆とっくに成人しており。父の田舎へ帰ったところで、遊び相手もいない。  年の近い親戚と過ごす、という親の田舎へ帰省した際の醍醐味すら叶わない夏休みのイベントは、僕にとっては拷問でしかなかったけれど。母に代わって祖母の前で点数稼ぎをするためだけに、夏がくるたび僕はいい子を装った。 * 「また来たのか、都会のモヤシっ子!」  僕が父の田舎を苦手に思う理由がもう一つあった。祖母の家には、ある時期から父の姉であるユリエ伯母さんが住みつくようになったのだ。  父より一回り年上のユリエ伯母さんは、昼となく夜となく、日がな一日酒を飲んで暮らしていた。そして、夏休みに僕が訪れるたびに「都会育ちの」「色白でひ弱な」「モヤシっ子」だと蔑み、何かとからかわれた。酒臭い息を撒き散らしながら。  ユリエ伯母さんも、子どもは当然好きではなかったらしい。自宅から持ち込んだテレビゲームに明け暮れる僕を見つけては「外で遊びな」と、毎度同じ決めセリフを吐く。そして僕は、野良犬の子どものように屋外へとつまみ出されたものだ。  前述の通り、祖母の田舎には年の近い子どもが一人もいないというのに、どうやって遊べというのだろう。そもそも、ユリエ伯母さんは、どうしてここにいるのだろう。僕に干渉する暇があれば、自分の家族と暮らせばいいのに━━。  そんな理不尽な思いを抱えていた小学四年生の夏休み中、僕にとっての転機が訪れた。  ユリエ伯母さんの娘であるミカちゃんが、祖母と暮らす家へとやってきたのだ。
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