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十五も年上で二十五歳のミカちゃんは、口の悪いユリエ伯母さんとは真逆の、控えめな優しいお姉さんだった。
「お勉強を教えてもらいなさい。何たってミカちゃんは、大学を出ているんだから」
土間の台所で果実酒を漬けながら、振り返りもせずに祖母は告げる。
「やだ、おばあちゃん。私が卒業したのは、名もない短大よ……」
申し訳なさげに訂正するミカちゃんに、「短大も大学も違わないだろう」と、やはりつっけんどんに祖母は言う。その後は僕たちには興味がなさそうに食卓椅子に腰を掛け、分厚い小説本を広げて読書を始めた。
「おばあちゃんに言われたからじゃないけど、宿題手伝うよ。私でよかったら……」
申し出は嬉しかったけれど、内心僕は迷った。理由は……字が、とてつもなく汚かったから。笑われるだろうかと、おずおずと差し出したドリルや夏休みのしおりを見たミカちゃんは、僕の字を嘲笑するどころか感心したように手を叩いた。
「すごい、計算問題が全部正解! 算数得意なの?」
確かに僕は文字書きには自信がないけれど、計算は好きだった。少し得意気に頷くと、ミカちゃんも安心したように同じように笑った。
「よかった。私、国語は好きだけど計算は苦手なの。これで、手分けして教えっこできるね」
この瞬間、すでに僕はミカちゃんを好きになっていたのかもしれない。
*
その夜、ミカちゃんは母親であるユリエ伯母さんと二人、お酒を飲みながらヒソヒソと内緒話をしていた。
「また騙されたのぉ? 仕事も辞めて、どうするの」
「少し蓄えがあるから。ほとぼりが冷めたら、考えるよ」
「まったく、誰に似たんだか……」
「母さんでしょ」
━━騙される? 誰に?
聞こえてくる会話の端々を気にしつつも、僕には関係のない大人の話に違いない……と薄い襖で仕切られた隣室の布団の中で、目を閉じる。そのうち、僕は本当に眠ってしまった。ミカちゃんと楽しく宿題を片付けて、ほどよく頭を使ったからに違いなかった。
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