episode 01 夏休み【十歳】

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* 「川へ行ってみよう!」  国語が得意だというミカちゃんに読書感想文を手伝ってもらい、夏休みの宿題を九割は終えたも同然の八月初旬。僕はミカちゃんに連れられて、祖母宅の目前にある橋を渡り、滝の流れる川へと向かった。  滝下では見かけたことのない大学生くらいの青年が複数人、素手で川魚を捕まえている。思わず身を乗り出す僕を見たミカちゃんは彼らに手を振り、声をかけた。 「ねえ、この子も一緒に遊んでいい?」 「いいよ、おいで。一緒に泳ごう!」  橋の上のミカちゃんも、川の中の青年たちも、初対面とは思えない気さくな調子で会話を交わす。面食らう僕に気づいたのか、ミカちゃんはそっと背中を押すように囁いた。 「大丈夫。ここで見ててあげるから。行っておいで」  ズボンの下に海水パンツを履いてきて正解だった。大急ぎで僕は服を脱ぎ、青年たちに手解きを受けながら懸命に魚を追う。拙いながら、バタ足泳ぎもしてみせた。きっと溺れかけた子犬のような泳ぎだったに違いない。 * 「田舎の男の子は、優しいねぇ」  その夜も、母親であるユリエおばさんとお酒を飲みながら、ミカちゃんは大人の話をしていた。 ━━田舎の男の子は、優しい……。  ミカちゃんのセリフを、僕は心の中で反芻する。 ━━都会の男の人は、意地悪なのかな。  僕の住む町は、ここより断然人口密度が高く、車の通りも多い。バスも電車も頻繁に通るし、空港もある。一般的には都会といえるだろう。僕も大人になれば、意地悪になるのだろうか。ミカちゃんにだけは、そう思われたくはない。  子どもだったけれど、僕はミカちゃんに頼られる存在でありたいと思っていた。
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