16人が本棚に入れています
本棚に追加
「……野球選手」
「野球、習い事に入ってないね」
痛いところをつかれた。そうなんだ。僕は、野球選手になりたいのに、野球をやったことがない。
「野球選手になりたいってこと、お母さんは知ってるの?」
子どもの戯言に、ミカちゃんは真剣な表情で挑んでくる。
お母さんは、知らない。
お母さんには、言っていない。
僕は、小さく首を振る。
「言わないと、伝わらないよ」
珍しく叱咤するように言った後、「あ~……」と唸りながら、ミカちゃんは頭を抱えた。
「私も、偉そうなことは言えない。本当の気持ちを伝えるって……」
首を傾げる僕に、ミカちゃんは弱々しくつぶやいた。
「難しいし、勇気がいるよね。私も、しょっちゅう失敗しちゃう」
━━本当の気持ちを伝えるって、難しいし、勇気がいる。
ミカちゃんの真意が聞きたくて、僕は思いきって尋ねた。
「都会の男の人は、意地悪なの?」
一瞬『何を言っているのかわからない』といった表情で、ミカちゃんはキョトンと僕を見つめる。その後すぐさま、『おかしくてたまらない』といった様子で吹き出した。
「違うよ。優しいよ。私が、上手く関われないだけ」
「僕は、どんなミカちゃんでも優しくするよ」
自分でも不思議だったのだけれど。当時の僕は子どもだったにも関わらず、そんな言葉が思わず出てしまうほどに頼りなげなミカちゃんを愛しく思えたのだ。
「……ありがとう」
笑ったミカちゃんの瞳は、目一杯の涙で揺れているように見えた。
最初のコメントを投稿しよう!