episode 01 夏休み【十歳】

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*  夏休みの終わる二日前。  母の待つ自宅へ帰る前夜、僕は初めて「帰りたくない」と涙を流した。祖母の家を離れることには何の感傷もなかったけれど、長く共に過ごしたミカちゃんと別れることが辛く寂しかった。 「また会えるよ。元気出して!」  その日の夕食は、僕の好物である甘口のカレーライスをミカちゃんが振る舞ってくれた。また会えるから、と何度も励ましてくれながら。 *  別れの朝、ミカちゃんは口癖だった言葉を何度も繰り返しながら、僕の肩を抱く。 「本当の気持ち、伝えようね」 ━━ミカちゃんも……。  『都会の男の人に負けないで』と返したかったけれど、迷った挙げ句に生意気だと思われたくなかった僕は、やっぱり気持ちを飲み込んだ。 ━━本当の気持ちを伝えるって、難しいし、勇気がいるよね。  このとき、心からそう思った。  小学四年生の夏の終わり。  青い空の下、青いシャツを着たミカちゃんに僕は思い切り手を振った。 *  二年後。  僕は中学生になった。  野球部へ入った。  母は、あまりいい顔をしなかったけれど。
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