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夏休みの終わる二日前。
母の待つ自宅へ帰る前夜、僕は初めて「帰りたくない」と涙を流した。祖母の家を離れることには何の感傷もなかったけれど、長く共に過ごしたミカちゃんと別れることが辛く寂しかった。
「また会えるよ。元気出して!」
その日の夕食は、僕の好物である甘口のカレーライスをミカちゃんが振る舞ってくれた。また会えるから、と何度も励ましてくれながら。
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別れの朝、ミカちゃんは口癖だった言葉を何度も繰り返しながら、僕の肩を抱く。
「本当の気持ち、伝えようね」
━━ミカちゃんも……。
『都会の男の人に負けないで』と返したかったけれど、迷った挙げ句に生意気だと思われたくなかった僕は、やっぱり気持ちを飲み込んだ。
━━本当の気持ちを伝えるって、難しいし、勇気がいるよね。
このとき、心からそう思った。
小学四年生の夏の終わり。
青い空の下、青いシャツを着たミカちゃんに僕は思い切り手を振った。
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二年後。
僕は中学生になった。
野球部へ入った。
母は、あまりいい顔をしなかったけれど。
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