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「あの頃……あったら良かったね。携帯電話。直接、連絡出来た。」 ポツリと話して勝手に涙が流れた。 「……ああ、本当にな。拓巳君の事は?」 流れた涙に気付かない素振りで、静かな声で聞かれる。 「大倉弁護士に頼んであります。拓巳にも何かあれば相談に行く様に言ってあります。もしお父さんの所に困って来る事があったら、少しでも力になってあげて下さい。頭の片隅に置いて下さればそれで十分です。」 頭を下げていうと、父は下を向いて泣いていた。 「やだ。泣かないで下さい。…海、3人で行きましたね。泳げなくてお父さんが二人分の浮き輪、引っ張って走ってくれた。ジェットコースターみたいで楽しかったな。」 「……うん。」 「キャンプも、お肉美味しかったね。お母さん、花火大会の時、一番綺麗だった。」 「…うん、うん。」 「葬儀で眠る最後のお母さんね、凄く綺麗だったよ。最後はお父さんの事恨んでなかった。お母さんの口から聞いたからほんと。悪口言えばいいって言ったけど、お父さんの事好きだったって。それは……それは覚えていてあげてね。」 「……うん。由巳、ありがとう。教えてくれて。ごめんな。」 無言で首を振った。 二人とも涙でグシャグシャの顔をしていた。 父は名刺を置いて帰った。 裏に携帯電話の番号も書いてあった。 「拓巳君に渡してくれ。いつでも連絡してくれていいから…。」 ちゃんと二枚、置いていった。 由巳がこの携帯電話に掛ける事はなかったが、名刺は大事に財布に入れてあった。 それは……葬儀の後で拓巳が見つけて、父親の井藤俊雄に教える事になる。
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