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拓巳の卒業式をカレンダーに花丸を書いて待っていた。
その日は外泊許可をもらい、家で二人で過ごす予定だった。
武と美和子が8時過ぎに迎えに来てくれて、久し振りに病院の外へ出た。
武の運転で高校まで送ってもらった。
この目で卒業式を見られた事が本当に幸せだった。
「美和子さん、ありがとう。」
「朝から何回目?」
式も終わりに近付く頃、ボソボソと顔を近付けて話した。
「ここへ連れて来てくれた事じゃなくて、拓巳を産んでもいいんだって言ってくれた事。もう少しで堕すとこだった。美和子さん達が居なかったら出会えてなかったら、とても育てられなかった。あの子の為に生きて来たんだって思うと、今までの全てが許せる。いい人生だったと思える。ありがとう美和子さん。」
「こちらこそだよ。ありがとう、由巳ちゃん。」
周りも泣いてる人がいたから遠慮なく泣けた。
式が終わり、拓巳も一緒に車に乗せてもらい、家の前に下ろしてもらう。
「じゃあ親子水入らずでね。明日昼にお迎えに来るね。」
遠くなる車に頭を下げた。
二人で夕食を食べて、布団を並べて敷いた。
降らない話をして、拓巳は就職も進学も選ばず、フリーターとしてしばらく働くと聞いていた。
それがいつ容体が変わるか分からない母親の為だという事は知っていた。
いつでも駆け付けられる様に、時間がある時は少しでも多く病院に来れる様に、申し訳ないと謝った事もある。
拓巳は関係ないと話した。
やりたい事を見つけたい、好きな仕事で働きたい。
それを見つける為にいろんな仕事をしてみたいんだとそう言われた。
それに由巳も納得した。
その夜、夜中に由巳の叫ぶ声で拓巳は目を覚ました。
苦しんでいて、急いで薬を飲ませたが、余り効果がなかった。
救急車を呼び、同乗して病院に向かった。
「母さん!」
「………須賀、さん?」
「えっ?」
救急車の中で手を伸ばした由巳の手を、咄嗟に拓巳は握り返す。
「須賀さん…来て、くれたの?会いた…かった。許せないのに…会ったら駄目なのに………会いたかった。須賀さん、愛してた…ずっと。」
「母さん?母さん!まだですか?」
救急車の中で拓巳は自分の父親が誰なのかを知った。
薄々、そうだろうと予測はしていた。
最初は気付かなかったが、中学生位からこの人かもしれないと思い始めていた。
由巳が指を差した三人に中で一番、自分に似ていたから…。朦朧とする意識の中で、由巳が自分と須賀という人を間違えた。
それで確証を得た。
だけど一生言う気はないと聞いていたから、知らないでいようと聞かなかった振りをした。
その時はそんな余裕もなかった、父親なんて誰でもいい、目の前の母を助けてくれない人なら必要ないとそう思ったからだった。
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