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次の日の午前中に井藤俊雄が来た。 拓巳を見ると凄く心配をしてくれた。 由巳に会わせるとボロボロと泣きだしていた。 「すまん、由巳。どうしてお前が俺より先に行くんだ。」 嗚咽は苦しそうで痛々しかった。 夕方までいると言ってくれて、拓巳の事も聞いてくれて、就職してない事を話すと紹介出来ると言われたが、好きな事をこれから探したいと遠慮した。 それで納得してくれる所は、あの母の父親なんだなと思えた。 夕方、心電図のモニターからいつもより大きめの音が聴こえて、驚いて看護師を呼ぼうとしたら、由巳が薄らと目を開けていた。 「由巳?」 「母さん?看護師呼びます。」 ナースコールを押して、目が開いたから来て下さいと叫ぶと同時に、由巳の手が拓巳の頬に伸ばされた。 「す、がさん。須賀さん、元気そう…よか、た。少しは…憶えてくれて、る?」 「か……。…………うん、覚えてるよ。」 母さんと言おうとして止めた。 由巳が今、会いたいのは多分、須賀という人なんだろうと、そしてそれは叶わない事だから、自分が代わりになれるならと拓巳は考えた。 「嬉しい。少しは…好きで、いてくれた?言葉は…全部、嘘じゃない、よね?」 「嘘じゃない!由巳、好きだったよ。」 その言葉が正解なのかは分からない。 何人も恋人が変わり、長続きしなかったのは結局、由巳が心の奥底に好きな人を閉じ込めていたからではないかと、そう思ったから答えた。 看護師が来てモニターを見てからまた慌てて廊下へ出て行った。 「うん、ありがと…あい、してた。本当に…健斗を、愛してた。」 「ごめん、由巳を傷付けて、大好きだよ(母さん)。」 フッと微笑んで、由巳が目を瞑る。 「由巳!!拓巳君だよ!お前が産んだ…由巳!」 父親の声に反応したのか、再び少し目を開ける。 「おと、さん?」 「うん!来たよ。しっかりしなさい。」 「拓巳…。」 「ここだよ?母さん、大丈夫、大丈夫だよ。すぐ元気になる。」 手を強く握り締めた。 「良い、母親じゃなくて、ごめん。」 「良い母親なんて知らないよ。俺には母さんは普通の母さんだった。」 由巳の細い目が笑って見えた。 「普通…か。いい、ね。普通の、お母さん。ありがと、拓巳。」 「良い息子だろ?」 「はっ…普通の、息子です。」 「なんだよ、それ。」 「でも…自慢の……息子だよ。」 「だったら俺も同じ。綺麗で自慢の母さんだよ。」 「それ、正解だ。」 「早く一緒に家に帰ろうな。」 「拓巳、大倉先生に、相談、してね。お父さん、拓巳を…見守って、あげて。」 「分かってる。由巳、お父さん……お前に何をしてやれる?」 由巳は首を振り、十分、と消えそうな声で答えた。 「拓巳、一人でも、大丈夫。いつか…会える、から。人に寄り添える、人に、なってね。」 握っていた手が重くなる。 そして由巳が眠る様に息を引き取った。 大倉と井藤に助けられて拓巳は喪主を務めたが、小さな葬儀はごく親しい人だけでひっそりと温かく行われた。 その間も拓巳は一度も泣く事はなかった。
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