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「そうか、行くのか。」 「はい。」 藤代拓巳は葬儀のお礼を兼ねて、今後の報告に井藤家を訪ねていた。 初めて訪れた母の実家に少し緊張していた。 「お金は大丈夫なのか?少しなら融通して…。」 「大丈夫です。俺は知らなかったんですけど、あのアパートの土地は母の名義でした。売っていいと手紙にあったので大倉弁護士に頼んで売りました。いつ帰るか分からないし、一人で暮らすにはまだ辛いかなと思ったので。」 「しかし、行き先も決めずに海外だろう?お金はいくらあってもいいのでは?」 「いや、持って無い方がいいみたいです。旅費が足りなければ現地で働きます。本当に困ったら大使館に逃げ込めって大倉さんに言われたし、男ですからなんとかなります。」 「うん、しかし思い切ったな。いきなり海外とは…。」 由巳が亡くなって葬儀を終えてひと月、その二週間後には拓巳は海外に行く事を決め、大倉に相談をしていた。 「母さんとあのアパートが今までの俺の全てでした。広い世界を見て来ます。母さんも連れて…一緒に。」 小さな写真を見せた。 「うん、喜んでるよ。気を付けてな。いつでも連絡してくれ。……しない方が由巳は喜ぶかな?」 寂しそうだが、ふふっと井藤俊雄は笑った。 「ハガキ出します。行った国から思った事を添えて。お祖父さんお元気で。」 「帰ってくる時は知らせてくれ。俺が死んでも葬式には来なくていい。気を付けてな。」 「はい。いってきます。」 拓巳が海外に行く事を決めて旅立った後、井藤俊雄は自身の財産から300万を後見人である大倉に手続きを頼み、藤代拓巳へと譲渡した。 向こうで困ったら、帰って来てもお金が必要だろうと配慮して、一年後、元妻と娘のもとへ旅立って行った。 海外に一人で渡った拓巳は色々な国を歩き、色々な物を見た。沢山の人、生き方、暮らし方、手持ちのお金が失くなって来た頃、ふとしたコーヒーの香りで足を止めた。 ーーー「拓巳?ご飯出来たよぉ。また潰れているけどねぇ。」 「またって…。スクランブルエッグでいいじゃんかよ。毎朝、目玉焼きって……。」 「ええー。好きでしょう?」 「半熟がいいです。」 「固いか………ちょっと前は半熟だったよ。来るのが遅いからだよ。」 「どういう理屈だよ。」ーーーーー 毎朝、気怠そうにインスタントコーヒーを飲む姿を一番覚えていた。 自然と足が店の中に向かい、働かせてくれないかと交渉していた。
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