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次の日のお昼過ぎ、ボーッと過ごしている由巳の部屋がノックされた。
新聞の勧誘かな…とのそっと立ち上がり玄関ドアの前まで行く。
「どちら様でしょうか?」
声だけを出して鍵は開けない、一人暮らしの鉄則だった。
「由巳、俺。」
小さい声がドア越しに聞こえた。
ドアに近寄って話していると分かる声だ。
合鍵を持っているのに使わずに入って来ない事も、この時の由巳にはそこまで頭が回っていなかった。
裸足のまま玄関の鍵を開けて、ドアを開けた。
向こう側に開けられたドアを身体を引いて躱す須賀の姿が見えて、そのまま由巳は彼に抱き付いた。
「……っな…なんで?ねぇ、なんで?あれ、誰?ねぇ……。」
胸の服を掴んで、目は見れずに顔を埋めて何度も聞いた。
「うんうん、ごめんな?落ち着いて、ちゃんと話すから。とりあえず中に入ろう?ごめんな由巳。」
由巳を抱きしめたまま、頭を撫でて須賀は部屋の中に入った。
頬にキスをして、泣きじゃくる由巳の目元にも何度もキスをして、ごめんと何度も謝っていた。
10分位、そうしていて、少しずつ由巳が落ち着いてくると、抱きしめていた手を離して、テーブルを前に二人で向かいあって座る。
「驚いたよ?俺も…。由巳がいるとは思わなくて…ごめんな?」
首を振り声を振り絞る。
「謝らなくていい。あれは誰?私は紹介出来ない恋人なの?」
その言葉を言った瞬間に、須賀が参ったな…という様な表情をする。
「あのさ、26の時の…結婚した奥さんなんだ。一緒にいたの。」
「えっ?」
信じられないと、呆然と須賀の顔を見つめた。
「結婚した…奥さん、なら……離婚した…の?」
僅かな、心の中の縋りたい気持ち、それなら、離婚ならまだ……そんな気持ちで言葉を紡ぐ。
静な声で須賀は淡々と話した。
「子供は8か月で、10月に実家から戻ったとこなんだ。生まれる前から…3月から実家に帰っていてね、由巳、研修があって配属されて指導は6月からだっただろ?産まれたの4月でその頃はまだ由巳とは知り合ってなかったから。」
どういう事?その一言が頭にあった。
「知り合ってなかったからって…意味が分からない。健斗は…奥様もお子さんもいて…家庭があるのに私に付き合ってって言ったって事?」
「………そうなる、ね。」
罰が悪そうに須賀が目を逸らして答えた。
「そ、そうなるねって……何で?なんで!!」
身体を須賀の胸元に倒して、ポカポカと叩きながら泣いた。
嘘を吐かれていた。
幸せそうだった奥様が羨ましかった。
可愛いお子さんに申し訳ない気持ちだった。
あんなに憧れた生活が音を立てて崩れていった。
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