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「藤代さん。怪我は大丈夫なの?」 後ろから声を掛けられて振り向いた。 「か、課長。ご迷惑をお掛けして……申し訳ありませんでした。」 課長が出勤していた事に驚いたが、頭を下げた。 「こちらこそ……何も出来なくて。昨日、部長に処分の見直しを頼んだけど男社会だね。若い女性にフラフラするのは仕方ない事だって、それで首にしていたら会社の半分を首にする事になるだろうって。あの人も若い頃は相当だったと聞いているからね。」 課長は渇いた笑いを出して、由巳に頭を下げた。 「僕がおかしいと思ったのは今年に入ってからだ。もっと早く気付いていたら、結婚していると教えていたら……申し訳ない。上司なのに君を守れなかった。」 「いえ…今回の事は全部、私が悪いので…課長は何も…。」 首を振り、頭を上げて下さいと言うと課長は無理に笑顔を作ってくれた。 「これ、せめてね。藤代さんみたいに上手くはないけど、取引先に噂が流れたら大変だなとか言ってね、退職金、色を付けて頂いたから。一年位では給料が少し多い位しかもらえないからね。総務課から来月のお給料の時に振り込まれるから確認してね。この金額より少なかったら連絡して。いいね。」 離れた場所に座る新入社員に聞こえない様に、ヒソヒソと話して、手に封筒を握らせてくれた。 唇を噛んで涙を我慢したが、視界が歪んで見えた。 (もっと課長になんでも話して相談して、もっと……もっと頼っていたら良かった。会社だから上司だから、甘えちゃいけないから…そんなこと考えずに……。) ボロボロと涙が出て、課長の手を強く握り返した。 「あり…がとうございます。もっと……課長と一緒に働きたかったです。」 「うん、元気でね。頑張るんだよ。それから怪我をした時の事、話し合いの様子、僕が証言出来る事ならいつでも話すからと、大倉弁護士に伝えてあるから、あの人、相手の代理人だけど良い人ですね。」 「……はい。親身になって頂きました。そこは、恵まれた気がしています。」 課長に最後にちゃんと挨拶が出来て、退職願も直接渡せた。少し体が軽くなった気がした。 会社を出て振り返る。 家を出たいから就職を選んだし、大学に行ける程の頭もなかったし、女性が大学に行くのはまだ一握りだった。 腰掛けの女子社員が多い中で、由巳は男性に混じって働いていた数少ない女子社員だった。 課長はそんな由巳の仕事振りをしっかりと見てくれていた。 馬鹿な自分はそんな事にも気付きもせず、馬鹿な男に現つを抜かしていた。 今更、母の言葉を染み染みと理解する。 (不倫なんて泥沼だよ。)
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