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アルバイトを始めて1週間が経った頃、アパートに封書が届いた。
大倉弁護士事務所からで、最後の話し合いと同意書、誓約書への署名と捺印の為に来て下さいと日時を指定されていた。
大倉はあくまで須賀由紀の代理人であるから、由巳へ都合の良い日時を聞いたりはしないし、そこで来られないなら連絡をと書いてあるだけだった。
それでも大倉事務所に行く事が、前程辛い苦しい怖い、という気持ちがないのは、大倉の優しい人柄のお陰だと思えた。
お店に休みをもらい、おばさんもおじさんも優しくて…話していない事が悪い様に感じながら当日の話し合いを迎えた。
由巳が大倉事務所に着いた時には須賀はもう来ていた。
「須賀由紀さんは今回は私に一任されました。藤代さんの顔を見たらまた叩いてしまうかもしれない。それは自分にもあなたにも良い事ではないのでと。藤代さんへはこれで本当に最後にして欲しいと伝えて下さいと。」
大倉に言われて、小さく頷き頭を下げた。
須賀を目の前にソファに腰を下ろすと、お茶が運ばれて、それを機に大倉が奥のスペースに入って行った。
衝立で仕切られた奥のスペースで電話の音や仕事をする音が聞こえて来て、僅かながら大倉の姿も見えた。
須賀がお茶を飲み、置いてから言葉を出した。
「なんか……数日の事なのに、凄く久し振りな気がする。」
「そんな事が聞きたくて話をしたいと言った訳ではないです。須賀さん、自分がした事、分かっていますか?」
由巳の顔を見つめていた須賀の目が見開かれた。
「ご、ごめん。由巳が倒れた後…「呼び捨てやめて下さい。」
言葉に被せる様に少し大きな声で言われて、須賀は下を向き言い直す。
「藤代、さんが倒れた後、妻と部長と課長で話し合いをした。誤解だってそれで乗り切れると思ってたし、だけど、ちゃんと君の部屋に行く場面とか写真撮ってて、最後になったあのホテル、俺がチェックインするところもエレベーターに乗って一人で部屋に行くところも撮ってた。……藤代さんを迎え入れる所も…。それで白状した。離婚かって思ったけど、あいつ、泣くんだよ。自分の何が悪いのか、結婚して2年でどうしてって。言われたら由紀に悪いとこなんてない。子供も可愛いし、一生懸命やってくれている。ただ…俺が寂しくて可愛い子が側にいて、ゆ…藤代さんに…夢中になっていただけなんだよな。」
(夢中に、なっていただけ……か。)
フッと口の端で由巳は小さく分からない程に笑った。
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