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「………話し合いの席で裏切られたと絶望しました。」 鞄からハンカチを取り出して涙を拭き、小さな声で話を再度ゆっくりと始めた。 「須賀さんは指輪をしていなかった。結婚している事も聞いた事はなかった。どうしてそれをあの場で言わないんですか?狡いです。」 「指輪は…妻が実家に帰って風呂掃除してる時に抜けて、流れて行きそうになってから、台所で風呂場で家事をする機会が増えて茶碗に当たったり…着け外しが面倒になって、財布に入れたままだった。騙そうと思って外していた訳じゃない、本当だ。嘘を…吐いていた訳ではなくて、言わなかっただけだ。言えなかった。本当だ。由巳と一緒にいる時、楽しくてだから…。」 「それも言い訳です。それならどうして部長の前で言わないんですか?誘惑されてない、お付き合いを言い出したのは自分からだ。黙り込んだまま須賀さんは何も言わなかった。それが悔しかったし情けなかったし、こんな人を本気で好きだった自分が馬鹿だった事を思い知りました。」 「由巳………ごめん。申し訳ありません。本当に……。」 須賀は泣きながら頭を下げた。 それを見て、須賀に謝って欲しかったんだと由巳は思いながら、口を開いた。 「もうお別れです。須賀さんに何度も言った言葉をやっと最後に出来る。私達、別れよう?不倫なんてしたくない。須賀さんの事は好きだけどこのままで良いわけがない。別れて下さい。」 それは由巳が須賀に何度も言ってきた言葉、奥様とお子さんを見た日から、二人の間で繰り返された茶番。 今日こそは、須賀が曖昧で泥沼な中に由巳を引き摺り込む事はない。 「……………はい。今まで本当にごめん。そしてありがとう。由巳には申し訳ない事を…謝っても謝りきれない。幸せに…なって欲しい。俺から幾らか慰謝料を払うから…。」 静かに由巳は首を振った。 「須賀さんに貰うものは何一ついらない。あなたからのお詫びのお金もお礼も愛情も…全部いらない。今の私には必要ないし、欲しかったのは謝罪の言葉だけだから。さようなら。」 冷たく言い放ち、立ち上がり衝立の近くに行くと、終わりましたと声を掛けた。 ソファで須賀が大倉に説明を受けて署名する間、由巳は衝立の向こう側で事務員の椅子に座らせてもらっていた。 須賀が帰るとソファへ移動して、大倉からの説明を聞いた。
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